旧 第5話-後輩と副会長-Ⅱ

  研究区画の入り口に着くと、先に準備を始めていた麗華さんが、俺に気づき声をかけてきた。

「あら、やっと来たんですのね。もうすぐ開始時刻でしてよ」

理由はわからないが、相変わらず俺の事を敵視しているのを感じる。


「遅れてないので問題なしです。それで今日のルールは?」

余計な事を言って、これ以上怒らせないように尋ねる。

他にも何か言いたげだったが、麗華さんは渋々、ルール説明を始めた。

「知っての通り、この先の研究区画には妖魔が放されています」

 「そうですね。その魔獣を使うんですか?」

 この場所を指定してきた時点で、見当はついていたが一応確認する。


 「えぇ、その魔獣を制限時間内に多く倒した方の勝ち。それがルールです」

 「シンプルですね。でも、研究用なのに倒していいんですか?」

 「倒すといっても、式神は使用禁止、この封魔ナイフで動きを止めるだけです」

 そう言うと、麗華さんは2本の短いナイフを取り出し片方を俺に渡してきた。

 

 「なるほど。わかりました」

 「今日、あなたに勝ってわたくしは――」

 ――――ピーーー!

 麗華さんが何かを言おうとした時、開始の合図が鳴り響いた。


 「――――っ」

 合図を聞き、麗華さんは闘技場内に向かって走り出した。

 (麗華さん、なんだか焦ってるような…)

 何か言いかけた時の、麗華さんの様子が少し気になったが、こちらも先輩の事がかかっている。

 ナイフを懐に入れ、俺も闘技場の中へと向かった。

 

 中は、魔獣が予想より大量に放されていた。

 おそらく、今回の勝負の為にいつもより多く放したのだろう。

 ただ、下級魔獣しかいない為、お互いに苦戦をすることはなかった。

 倒した魔獣の数は、生徒会のカメラで中継しているモニターに、リアルタイムで更新されているらしい。

 

 ――――観客席

 「先輩たち、どっちもやるね」

 「あー!!見て見て雪音、神白先輩また一体倒したよ!」

 「わかったから、あおちゃん落ち着いて」

 観客席では、夢乃がモニターを見ながら雪音に興奮気味に絡んでいる。


 「あはは、先輩の活躍に葵もめっちゃ盛り上がってるな。――ところで黄瀬先輩はどっちが勝つと思います?」

 「うむ、正直わからんな。悠紀も麗華も、腕は一流退魔師と大差ないからな」

 「なるほど」

 座席の都合で、夢乃達と離れ最後尾に座る美緒は黄瀬とそんな話をしていた。

 

 「しかし、麗華の動きが少し気になるがな…」

 ポツリとそうつぶやいた黄瀬の後ろから声が聞こえた。


 「焦ってるみたいですよね――」

 「そうだな…!」

  唐突に話しかけられ、驚き後ろを向くが誰もいなかった。

 「今の声は、気のせいか…」


 ――――闘技場内

 あれから、お互いにかなりの数の魔獣を倒し、その数はかなり減っていた。

 数が減れば、残りを求めて自然と同じ場所に集まる。

 俺達は、背中合わせに立ち隠れた魔物に神経を研ぎ澄ます。

 「麗華さん」

 「なんですの?」

 「なんで、こんな勝負したかったんですか?」

 魔獣を警戒しながらも、俺は気になっていたことを聞いた。


 「貴方には、関係なくてよ。どうせこの後、あなたは学園を去るのだから」

 「そうですか。なら、学園を去る前にやっぱり気になるので教えてください」

 勝負の前に、何か言おうとしていた麗華さんの、さびしげな表情が気になった俺は諦めずに聞き返す。


 「貴方、あまりしつこいと嫌われますわよ」

 ため息交じりに麗華さんが言う。


 「……お父様に言われましたの」

 「…え?」

 「神白に負ける。それが、どういうことかわかるかって」

 「それって――」

 麗華さんの父親と俺の親父は、若い頃からのライバルで、何度も争っていたと聞いている。

 結局、自分たちの代では決着がつかなかったと聞いているが、それが今回の事に関係しているのだろうか。


 「きっと、お父様はわたくしに幻滅したのです。だから、わたくしはあなたに勝ってお父様に認めていただくんです」

 「麗華さん…」

 「わたくしには、それしかないから。小さい時から、一流の退魔師になる為だけに育てられたんですから…」

 師であり、父である大きな存在。

 そんな人に認めてほしいという麗華さんの願いを聞き、少しだけ躊躇いが出来てしまった。


 「麗華さん――」

 俺が、声をかけようとした瞬間、茂みから最後の魔獣が飛び出してきた。

 ――――やばいっ

 完全に話に気を取られていた俺は、一歩出遅れた。

 

 麗華さんが、魔獣に詰め寄る。

 ――間に合わない…

 勝負の理由、それを聞いた今の俺は、負けることを受け入れてしまっていた。

 (たとえ学園をやめても、先輩といられなくなるとは限らない。なら…)

 目を閉じ、自分にそう言い訳する。


 「これからが、本番ショータイムだよ?――」


 「キャーーー」

 麗華さんの悲鳴に、咄嗟に目を開ける。

 最後の魔獣――だったはずの1匹に巨大な蛇が噛みついていた。


 蛇に噛まれた獣はみるみる姿を変えていく。

 それは最早、下級魔獣ではないことはすぐにわかった。

 「麗華さん――!」

 俺は、急いで麗華さんに駆け寄る。

 

 「うっ…。だ、大丈夫ですわ…それより」

 「勝負どころじゃないですね。麗華さん式神を――」

 麗華さんの無事を確認した俺は、ポケットから紙を出し。契約を唱え式神を呼び出す。


 呼び出した白虎が魔獣の腕に食らいつく。

 しかし、魔獣は雄叫びと共に腕を振り上げ、そのまま白虎を叩きつける。

 ――――まずいっ

 俺はナイフを捨て、指輪を武器に戻し斬りつける。

 「――――なんだこれ!」

 下級だったとは思えないほど、硬い筋肉。

 ほんの僅かに切り込むだけで精一杯。

 魔を断つ白虎の金属でなければ、とても傷つかなかっただろう。

 

 「――いいね。ならもっと盛り上げてあげよう」


 突然、変質した魔獣が再び雄叫びを上げる。

 すると、噛みついていた蛇が、無数に別れ這いだした。

 「今度はなんだ!?」

 異様な光景に俺は思わず、叫んだ。

 

 這いだした蛇は、一転に向かい進んでいく。

 「――!麗華さん」

 蛇の目指す先、そこには麗華さんが紙を持って立っている。


 「何してるんですか!早く式神を――」

 俺が叫ぶが、麗華さんは座り込み震えているように見える。

 「……ない」

 何か言っている。


 俺は、魔獣と距離を離し麗華さんの方に向かう。

 背を向け走る俺に向かって魔獣が大きな腕を振りかざす。

 「白虎!!」

 俺が呼ぶと白虎は立ち上がり、再び腕に噛みつく。

 「麗華さん!」

 「…出ない…」

 近づくにつれ、声が聞き取れるようになる。

 「式神が出ない…」

 ――――!!

 どうやら麗華さんは、式神が出せない状態らしい。


 「私が、こんな勝負挑んだから…」

 膝を抱えて、誰かに懺悔するように、麗華さんは呟いている。

 「麗華さん!」

 走っても間に合わない。


 「私のせいで、迷惑かけちゃった…ごめんなさい」

 「――麗華さん!」

 白虎は、変質した魔獣の相手で向かわせられない。

 「ダメで…ごめんなさい…パパ――」

 泣きながら、俺に、そして父親に謝る彼女に俺は思わず叫んだ。

 

 「――――!麗華」

 「…悠紀君」

 蛇が足元まで来ている。

 彼女を助けるため、迷ってる暇はない。


 俺は、内ポケットから紙を出し契約を唱える。

 「汝の主たる神白の名の下に、我に仕えし獣よ、我が呼びかけに答えその姿を現せ。そのいかずちで敵を撃ち嘶きで近づきし無数の邪を払え-麒麟-」


 雷鳴と共に現れた麒麟が嘶くと、辺りの蛇は次々に消えていった。

 「麗華さん!」

 俺が駆け寄ると、麗華さんは謝り、泣きながら抱き着いてきた。

 「麗華さんは、ダメじゃないですよ。お父さんが認めなくても俺は知ってますから」

 変わらず謝り続ける彼女に思わずそんな言葉をかける。


 「大丈夫ですか?」

 「…うん。……ねぇ?」

 少しして、泣き止んだ麗華さんは、涙を拭いて尋ねてくる。


 「あれって…麒麟だよね」

 「そう…ですね」

 麗華さんの質問に、口ごもる。


 「白虎と同じ神格クラスの式神…」

 「はい…」

 「低級の式神は複数持てるけど、神格クラスは複数持つなんてできないはずだよね…」

 麗華さんの言う通り、式神の契約には精神力を使うらしく、普通なら神格クラスは1体が限度だ。

 

 「そうですね…」

 「それに麒麟は、黄瀬先輩の…それに、悠紀君…髪が」

 麗華さんの質問は全部もっともだ。

 髪に関しては、神格を2体以上使うとその間だけ、白くなるらしい。

 

 「……実は――」

 俺が、答え難そうに口を開くと麗華さんは、俺を見つめて首を横に振った。


 「やっぱり大丈夫。助けてくれた貴方が、言いたくない事なら聞かない」

 「麗華さん…」

 「さっきの言葉も、嬉しかったし…」

 頬を赤らめて、麗華さんはそう呟いて視線を逸らす。

 「え?さっきのって――」

 聞き返そうとした時、麗華さんの右腕に、噛み跡がある事に気がついた。


 「麗華さん、それ!」

 まるで、蛇に噛まれたような傷口だ。

 「え?――あれ…なんだろう、この傷」

 「さっきの魔獣も噛まれて変質した…もしかして!」

 俺は、麗華さんの腕に、麒麟の魔を払う特殊な音波を当てた。

 すると、傷口から紫の煙が噴き出し、みるみる塞がっていく。

 

 「嘘…治った!」

 「やっぱり…多分さっきの蛇の毒ですね。式神が出なかったのも、そのせいだと思います」

 「そっか…なら私も!」

 ボロボロな状態で、式神を出そうとする麗華さんの手を握る。

 

 「麗華さんは、まだ休んでてください。顔も赤いし心配だから」

 「――!!は、はぃ…」

 麗華さんは顔を押さえながら、珍しく素直に言うことを聞いてくれた。

 

 俺は、そのまま立ち上がり白虎の下に向かう。

 白虎もかなりダメージを受けていたが、相手も同じようだ。

 それに白虎と麒麟は相性がいい。


 「――いくぞ、白虎!」

 俺は、白虎に指示を出し、同時に刺しかかる。

 表面が硬くても、白虎がつけた深い切り傷になら剣を刺せる。

 「――刺さった!ここを狙え、麒麟!」

 そして剣を目掛け、麒麟が雷を撃ち込む。


 ――――グワォオオォォォ

 闘技場内に、魔獣の断末魔が響く。

 変質した魔獣は、元とは比較できないほど、高い生命力を持っていた。

 だが、傷だらけの状態で、しかも剣を通じて体内に雷を撃ち込まれては耐えられなかったようだ。


 「ふぅ…麗華さん、大丈夫ですか?」

 「え!は、はぃ。ダイジョウブです…」

 どう見ても様子が変だ…。

 「元気もないし、心配なので医務室に連れていきますね」

 俺はそう言うと、麗華さんを抱きかかける。

 「あ、あぁっぁあ…」

 「ちょっ!麗華さん!」

 お姫様抱っこした直後に、真っ赤になって気を失ってしまった…。


 2匹の式神を戻した俺は、急いで麗華さんを連れて闘技場を後にした。



 ――――謎の蛇襲撃直後、観客席

 「あー!!カメラが壊れちゃった!!」

 「落ち着いて、葵!!」

 「そうだよ、あおちゃん。先輩なら大丈夫だから。ね?」

 謎の化け物が映り、直後にカメラが壊れた事で、夢乃は暴れていた。

 

 「嫌だ、嫌だ。神白先輩が無事か見に行く――」

 「1年生は、入れないんだってば!!ね、黄瀬先輩!」

 「え、あ、まあ、そうだな」

 美緒に言われ、黄瀬も話を合わせる。

 

 「なんでー!なら黄瀬君ついて来ていいから!!」

 「ダメだって!てか葵、先輩を君呼びもまずいってーー!」

 


 ――――事件終息後、闘技場内


 「中々に面白かったですね。次は何で遊ぼうかな」

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