第4話-後輩と副会長-Ⅰ

――放課後

 俺は一人、いつもの練習場で先輩を待っていた。

「神白せんぱーーい!!!」

突然、外から大聲で呼ばれたかと思うと、先輩が元気よく扉を開けて飛び込んできた。

「――どうかしたんですか先輩!?」

あまりにも淒い勢いに、何があったのかと俺が驚いていると今度は若干ドヤ顔の先輩が1枚の封筒を渡してきた。


「なんですか、これ?」

困惑しつつも、俺は渡された封筒に目を向ける。

そこには、〈夢乃葵 適正検査結果〉と書かれている。


 ――――これって!

俺は、急いで封筒の中の紙の內容を確認する。

紙に書かれていた內容は、

【適性検査の結果 素養C 基礎は不十分であり未熟と言わざるを得ない。――しかし、入學後間もないにもかかわらず中級クラスの式神との契約を確認、その潛在性を考慮し合格とする】というものだった。


「合格…!先輩合格できたんですね!」

「うん♪」

先輩は、嬉しそうに頷きながら返事をしている。


(良かった…式神の問題に気を取られてて、先輩に基礎を教えるの完全に忘れてたから心配してたけど……)

案の定、基礎はダメだったようだが、式神の格が高いおかげで試験はギリギリ合格だったみたいだ。


本來1年生は、試験で簡素式神を使って適性を見る。

そして、それを資料に学園側でそれぞれに合った下級式神を用意し契約する。


 それが先輩の場合は、既に契約を完了。しかも中級の式神ということ。

それに、恐らくは神白の現当主推薦というのもあって基礎部分を事実上免除されたのだろう。


「本当に良かった…」

「えへへ、神白先輩のおかげだね♪」

 無事、合格の知らせが見れて安心する俺に、先輩は笑顔でそう言ってくれた。


「そんな事ないですよ、先輩がちゃんとゆき丸と心通わせていたから合格できたんですよ」

実際、ある程度使いこなせなければ、到底合格にはならなかっただろう。


「そうかな?だったら嬉しいな!」

そう言うと先輩は、ゆき丸を宿したストラップを握った手を胸元にあて、ぴょんぴょん跳ねながら喜んでいた。

――可愛い。

そんな先輩を見ながら俺は、次の試験までに基礎を練習するためのプランを考え始める。


 そして少し考えてあることに気がついた。

先輩は学園に入学してから今日まで、ここで練習が殆どで学園の施設について全く説明していなかった。

中学から上がってくる生徒が殆どの為、高等部では学園の案内はない。

その為基本的にはパートナーとなった人が必要に応じて案内する決まりなのだ。


「先輩、無事合格した事ですし学園内を案内しますよ」

俺がそう伝えると、飛び跳ねていた先輩は慌ててこちらに駆け寄ってきてキラキラとした眼差しを向けてする。

「本当!この学園広いから、どこに何があるかわかんないし色々気になってんだよ!」

嬉しそうな先輩に軽く学園内の説明を始めた。


 この学園は、校舎を中心に、東側に校門と並木道があり途中には図書館がある。

北側にはプールと妖魔研究区画と言われる施設が設置場所がある。

 そして、西側には武器の倉庫やそれを使う練習場。

南側には生徒全員が入れる程の大きな食堂がある。

さらに、校舎は獨特な形をしており、ドーナツのように真ん中にスペースを取ってあり、そこが校庭となっている。


「という感じなんです。どこか行きたい所とかありましたか?」

俺が尋ねると先輩は頬に手を当てて唸りながら考え始めた。

「うーん。武器庫とかはまだ武器の事とかわかんないし、やっぱり・・・・・・食堂かな♪」

「まあそうかなって思ってました。それじゃ––」


「あらあら、隨分と騒がしいんですのね」

突然の声に驚き、俺達は声のした扉の方に目を向ける。

扉の前には見覚えのある女生徒が、腕を組みこちらを睨みつけていた。

 

――――紅魔麗華。学園長の娘で、神白と並ぶ退魔師の家系の人間だ。

 

「麗華さん、すいません騒いでしまって」

麗華さんがなぜここに來たのか?

というかそもそも怒られるほど騒いでいたか?

疑問に思いながらもとりあえず謝る。


「えっと…神白先輩この人は?」

先輩が不思議そうに聞いてくる。


「紅魔麗華さん、俺と同じ2年で、生徒会の副会長もしてる淒い人だよ」

「そうなんだ。初めまして!麗華さん」

握手をしようと、手を差し出す夢乃先輩に見向きもせず、麗華さんは俺に近づいてくる。


「神白悠紀、あなた今俺と同じっておっしゃいいましたわね?」

「え・・・・・・はい、言いましたけど」

よくわからないが、そう言って睨みつける麗華さんの鋭い眼差しを見れば機嫌が悪い事だけは伝わってくる。


「わたくしとあなたが同じだなんて、本気で言ってますの?」

「えっと・・・・・・」

学年は同じ2年のはずだけど?


「はっきり言っておきますけど、あなたの実力なんてわたくしの足元にも及ばなくてよ」

「いや、あの、同じっていうのは――」

「それなのに、あなたが優秀生徒になるなんて――絶対認めませんわ!!」

何か勘違いしている麗華さんに訂正しようとするが、全く聞いてくれない・・・・・・。


「え、あの、麗華さん――」

「神白悠紀、そんなにも自分が優れてるというなら、わたくしと勝負なさい」


「・・・・・・はい?」

急な話についていけない俺を置いて、麗華さんは一人で話を進めていく。


「明後日の午後、場所は妖魔研究区画の施設を使えるよう手配しておきますわ」

「いやいや、待ってください!麗華さんが俺より強いのわかってますよ。だから戦う気もないんですけど!」

勝負するつもりの無い俺は、麗華さんにそう伝える。


 俺の言葉を聞いた麗華さんは、夢乃先輩の方を一瞬見てからまた俺に向かって話し始めた。

「そうですの、では仕方ないですわね。そういえば――生徒会の決定でこの初級練習場は使用者がいないので壊すことにしましたの」

真偽は分からないが、先輩に教えるのにはこの場所が一番適していた。

突然の知らせに動揺を隠せなかった俺は慌てて反論する。


「そんな!今までそんな話聞いたことは――」

俺が口を開くと、麗華さんは耳元に近づいて俺にだけ聞こえるように小さな声で呟いた。

「その子、簡素式神は使えるのかしら?」

「――なっ!」

ただでさえ、急な取り壊しの話でパニックしてる俺に、さらに追い打ちをかけるようにそう呟いてくる。


「知ってまして?施設には防犯カメラが付いていて、その映像は生徒会で管理してますのよ」

「それって・・・・・・」

――麗華さんは、先輩が簡素式神が使えないことを知ってる!


「ここの映像なんて、誰も見てないでしょうけど。でも、もしも彼女の式神に秘密があったら」

「・・・・・・」


「念のため、生徒会で再検査を申請しようかしら。勿論、契約に関わらず不正がないか簡素式神を使ったテストをね」

再検査で簡素式神が使えなければ、きっと先輩が式神を使えない理由を調べられる。

――それだけは何とかしなくちゃ・・・・・・。

俺は麗華さんの方に目を向ける。

麗華さんは、俺の視線に不敵な笑みを浮かべて返した。


 彼女が、何故そこまでして俺と勝負したいのかはわからない。

しかし、断る選択をさせるつもりがない事だけはわかった。

「わかりました・・・・・・」

覚悟を決めて、俺はそう答える。


「あら、では勝負してくださいますのね?」

白々しく、俺にそう聞い返す麗華さん。

「はい・・・・・・その代わり俺が勝ったら、取り壊しはなしで、再検査の話もなしでいいですね」


「ええ、そのくらいなら約束しますわ。ではわたくしが勝ったら、あなたには学園を出ていただきますわよ」

どちらにしても、確実に取り壊しも再検査も阻止するには勝つしかない。


「なんでもいいですよ。悪いですけど俺は負ける気はないので」

「そうですの。では、明後日楽しみにしていますわ」

麗華さんはそう言い殘すと練習場を後にした。


 俺たちの話を、黙って聞いていた夢乃先輩が心配そうに近づいてきた。

「神白君・・・・・・さっきの勝負受けたのって私のせいだよね・・・・・・」

「違いますよ、先輩」

今にも泣きそうな先輩を慰めながらそう伝える。


「だって!断ってたのに再検査って言われてから・・・・・・やっぱり私」

「大丈夫ですよ、先輩は間違いなく合格です。だから心配するより俺が勝つの信じててください」

落ち込む先輩を元気づけながら俺がそう言うと、先輩は少し顔を上げてこちらを見つめてきた。


「神白君・・・・・・」

「先輩・・・・・・心配事あると呼び方戻っちゃうんですね。まあ、基礎ダメでしたし再検査は困りますよねー」

あまりの可愛さに、少し揶揄いたくなってしまった。


「――!!神白先輩の意地悪!」

少し元気になった先輩を揶揄からかいつつ、俺は明後日の勝負に向けて準備をすることにした。



――――2日後、妖魔研究区画ゲート前

 俺は、早くも勝負を受けたことを少し後悔していた。

神白と紅魔、退魔師としては名門であり長年のライバルとも言える両家の2人の勝負に学園お祭りムードだった。

勝負の場所は研究用とは言われているが、実際はいくつかの希石を回収後に術式である程度制限して訓練に使うようにしている区画だ。

一応厳重な体制ではあるが、ほぼ放し飼いにしている森でもある。

その森に、いくつもカメラを飛ばして中継もしているらしい。


「なんでこんな事に・・・・・・」

俺がぼやいていると、夢乃先輩たちが來てくれた。

「神白先輩!応援に来ましたよ!」

「聞きましたよ、なんかあおちゃんのために学園をやめる覚悟で勝負するって。短い間でしたけどお世話になりました・・・・・・」

雪音ちゃんは、来るなりお辞儀をして別れの挨拶をしてきた。

よく見ると頭を下げながら少し笑っているのがわかる。


「もう!雪音ってば、神白先輩は負けないからやめる必要ないの!ね、先輩♪」

「あはは、大丈夫だよ葵、私も雪音も先輩が負けるなんて思ってないから」

「そうそう」


「本当に?なら良かった♪」

そんなやり取りをする、仲良し3人組を見て少し癒された。


「随分とにぎやかだな。悠紀、調子はどうだ?」

そう言って3人の後ろから黃瀬先輩がやってきた。


どうやら俺の事を心配して見に来てくれたらしい。

「大丈夫ですよ。こうなったからには絶対勝ちますから!」

「うむ、頼もしいな。だが油斷するなよ」

「はい、わかってます」

黃瀬先輩の言葉を聞き、改めて気合を入れなおす。


「ならば、もう何も言うことはあるまい。俺達も中継を見ながら応援してるからな」

そう言うと、先輩たちは観客席に向かっていった。


「ふぅ」

試合前、俺は息を整え集中する。


「精神統一かい?」

「まあ。・・・・・・?うわぁぁあ!」

いきなり耳元で声がして、驚きのあまり大きな声が出てしまった。


「ふふ、驚かせてごめんよ」

「あぁ、いえ。えっと……」


「僕は生徒会長の……玄野げんの玄野実也げんのみやだ、よろしくね」

そう言って、右目に大きな眼帯を付けた玄野という人物は、物腰柔らかなに挨拶してきた。


(生徒会長、確かにそう言われればこんな人だった気がする)

あまり顔を見た覚えがなかったから忘れてしまっていたのだろうか。

「いえ、こちらこそすいません・・・・・・」

(それにしても全然気配を感じなかった・・・・・・」

「謝らないでよ、今回の事で僕が謝りに來たのに、驚かせちゃうなんて本当にごめんね?」


「謝りに来たって?」

「副会長が迷惑かけたからね」

 

生徒会長なんていい人なんだ……。

「大丈夫ですよ、勝負受けたのは俺の意思ですし」

「そうかい?なら良かった」


「それにしても、なんでこんなにお祭りムードなんですかね」

「あ、それはね生徒会で宣伝したからだよ。世紀の対決だと思ってね。あはは――」

・・・・・・やっぱり、ろくな人じゃなかった。


「それじゃ、頑張ってね神白君――」

「あ、生徒会長、あの……ひとつ聞いてもいいですか?」


「うん?なんだい?」

「その眼帯ってどうしたんですか?」


「あぁ・・・・・・これは――ちょっとケガしちゃってね。それじゃあ、してるよ」

 生徒会長は、そう言い殘し観客席に向かった。

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