第3話‐式神と先輩‐Ⅱ
――土曜日、隣町のショッピングモール前
あれから毎日俺と先輩は特訓を続けている。
だけど、先輩が式神を使えそうな様子は全くなかった。
先輩は隠しているが、かなり焦りが出始めているのも見てわかった。
(昨日なんてカバンから、いつもの倍も紙が出てきたもんな。もはや本当にマジックだよ)
とはいえ、先輩が毎日頑張っているのは紛れもない事実だ。
(せめて今日くらいは息抜きして楽しんでほしいな)
そんな事を考えながら、俺は先輩とその友達が来るのを待っている。
確か今朝電話で――「今日は
雪音という友達は以前来たのでショッピングモールの場所を知っているらしい。
三十分程して、先輩たちがやってきた。
「おはようございます!」
俺に気づいた夢乃先輩とクラスメイト二人が声を揃えて挨拶してきた。
「おはよう。ごめんね、折角の休みに遊びに行くのに俺まで来ちゃって」
「全然気にすることないよ!皆も神白先輩と話したがってたし♪」
二人に謝ると、何故か先輩が返事をしてきた。
「あははは・・・・・・。本当に俺の事は気にしないでいいからね。えっと――」
改めて、先輩の2人の友達に伝える。
「私は、葵と同じクラスの美緒です!葵の言う通り、私たちが先輩を呼びたがったんですからそんな気を使わないで下さい!」
ショートカットの似合う、活発そうで元気の良い少女がそう答える。
「私も、あおちゃんと同じクラスで雪音と申します。あおちゃんがいつも先輩の事楽しそうに話すから私たちも話してみたくて!」
先程の少女に続くように、先輩よりも落ち着いた大人びた雰囲気のある少女が答える。
夢乃先輩が俺の事を――。
先輩の方を見ると、顔を真っ赤にしていた。
「ほ、ほら!美緒も、雪音も早く行こうよ!」
「あ、葵照れてるー」
「あおちゃんは、本当にわかりやすいな」
先輩は慌てながら、揶揄う二人の手を引くとショッピングモールに入っていった。
「あんなに慌てる先輩、初めて見たな・・・・・・」
普段見ない先輩の姿に少し驚きつつ、俺も先輩達を追いかけた。
中に入ると、先輩たちは服を買ったり、アクセサリーを見たりして終始楽しそうな時間を過ごした。
一通り買い物が終わると、俺達は約束したアイスを奢るためにフードコートにやってきた。
俺は、4人分のアイスを買って皆の待つテーブルに向かった。
「お待たせ。二人はこれで良かったよね」
俺はトレーの上に乗ったアイスのカップを手に取ると、二人にそう言いながら渡した。
「あ、先輩ありがとうございます!」
「ここのアイス凄く美味しいんですよ!でも、私達までご馳走になっちゃってすいません。」
二人はそう言いながら嬉しそうにアイスを食べ始めた。
「気にしないで、夢乃せ――夢乃との約束だから。美緒ちゃんがチョコで、雪音ちゃんが抹茶にしたけど間違ってない?」
「はーい!」
アイスを食べながら二人は嬉しそうに答えた。
「神白先輩ってば私のは?」
待ち切れないと言わんばかりに、服の裾を引っ張って先輩が催促してくる。
「ほら、夢乃は俺に任せるって言ったけど、好物のバニラ以外どうせ怒るだろ?」
「流石!わかってる♪そう言う神白先輩だってどうせ、いつものイチゴアイスでしょ?」
「・・・・・・まあ」
先輩が俺の好物を覚えていた事に嬉しさと照れ臭さを感じながら答える。
そんなやり取りをしていると、前の二人がこちら揶揄うように話し始めた。
「こりゃアイスも溶けちゃうくらいアツアツだねー。そう思わない雪音?」
「ふふ、本当に春なのにこんなに暑いのはなんでかしらねー」
俺は恥ずかしくなり先輩の方を見る。
するとアイスを見つめたまま先輩は二人に向かってこう言った。
「そんなに暑いかな?まあ、空調はちょっと弱いかもねー」
流石は先輩。軽く受け流している。
そう思ったが、アイスを食べ終わった後改めて見ると、スプーンを咥えながら顔を真っ赤にして俯いていた。
どうやらアイスに夢中で適当に返事をしていたようで食べ終わって冷静になったらしい。
昔は、どちらかと言うと先輩に揶揄われていた俺には新鮮な光景だった。
全員が食べ終わり、時計を見ると19時を過ぎていた。
「あ、もうそろそろ帰らないと寮の門限じゃないのか?」
俺は三人にそう伝える。
「本当だ!楽しくて全然気が付かなかったです」
「確かに今日は、めっちゃ楽しかったね!葵も楽しかった?」
「うん、勿論楽しかったよ♪」
3人とも凄く楽しめたようだし先輩にもいい息抜きになっただろう。
「先輩、また私たちと遊んでくれますか?」
「え?あぁ、うん。雪音ちゃん達が迷惑じゃなかったならまた付き合うよ」
急に聞かれて咄嗟にそう答える。
「ありがとうございます!」
二人揃ってお礼を言うと二人とも凄く喜んでいるようだ。
横を見ると夢乃先輩は誰よりも嬉しそうしていた。
それから俺達は、食べ終わったゴミを片付けて出口に向かった。
「じゃあ、帰りは俺が寮まで送りますよ」
そう言って、ショッピングモールを出て駅に向かおうとした俺たちの耳に悲鳴が聞こえた。
「――助けて!!」
辺りを見回すと、親子が犬型の妖魔の群れに襲われていた。
子供の方は転んでしまったの地面に座り込み、親はそれを庇うように抱き抱えている。
「––––っ!」
俺は、急いで親子の下に駆け寄ると、両手に付けている指輪に魔力を込めた。
二個の指輪は、光を放ち剣の形に変わっていく。
―
どんな魔も断つと云われている、特殊な金属で出来た神白に伝わる武器だ。
「――大丈夫ですか!」
俺は親子の前に立ち、妖魔を警戒しながら親子に尋ねた。
「はい、あ、ありがとうございます」
「良かった。――三人とも、この人達を連れて早く離れて!」
親子の無事を確認し、突然の事態に驚いている三人に指示を出す。
「え、あ・・・・・・!はい、わかりました!」
三人とも慌てていたが、返事をするとすぐに親子の誘導を始めてくれた。
親子を三人に任せた俺は、二本の剣を逆手に構え直した。
(流石にこのレベルなら問題ないと思うけど・・・・・・)
少し不安があったが相手の勢いを利用すれば問題なく倒せるはず。
下級相手でも数で不利、しかも妖魔は人間よりも相手の動きを捉えるのが得意だ。
今の俺には、闇雲に斬りかかるより相手の動きを利用したカウンターの方がいい。
にらみ合いにしびれを切らした個体が、俺を目掛けて飛び掛かってきた。
――ここだ!
攻撃を受け流し、勢いよく突っ込んできて開いた口に横向きにした刃を入れる。
自分の勢いで口から裂けた妖魔は希石が砕けたようで煙のように散っていく。
二匹、三匹・・・同じようにカウンターを決める。
(やっぱり下級だな。数は多いが統制が取れていない。おかげで一人でもなんとかなりそうだ)
あとはこれを何度か繰り返せば。そう思っていた時、ふと違和感に気がついた。
足りないのだ。
倒した数より群れの数が減っている、それにさっきから攻撃の回数が減っている。
「なんで急に・・・・・・」
その瞬間、俺の疑問に答えるように空気を裂くような力強い遠吠えが響き渡る。
思わず目を閉じて耳を塞いでしまった程だ。
そして目を開けると、残った妖魔の奥に一回り大きな獣が佇んでいた。
「新しい妖魔か、でも様子が・・・・・・」
苦しそうな表情を浮かべたそれは、何かを訴え恨むようにこちらを見ていた。
「まさかこの妖魔……狛犬。中級クラスの式神か。おまけにこの群れのリーダーって訳か」
まだ狛犬の体内に希石の反応は無い。
だけど、恐らく契約していた退魔師の身に何かあったのだろう。
もう少しすれば、希石の生成が始まり魔獣に堕ちるだろう。
「高みの見物だったけど、邪魔が入って痺れを切らして出てきたのか」
中級クラスの式神ならば厄介なことに相応の知能もある。
「まさか、群れが減ったのは――」
嫌な予感が頭をよぎると同時に先輩達の悲鳴が聞こえた。
声のした方を見ると夢乃先輩たちが俺が見逃した数匹に囲まれていた。
「しまった!」
急いで向かおうとするが、焦りで隙が出来た俺に、妖魔たちが連携を取って襲ってくる。
咄嗟に両手で攻撃を受け止める。
妖魔の爪が掠った手からは血滲んでいる。
「――アイツを出すと暴れすぎるからと思ったけど……そうも、言ってられないな」
俺は、上着の内ポケットから一枚のコインを取り出し自分の前に投げた。
投げられたコインはまるで台でもあるように空中でグルグルと回り始めた。
「汝の主たる神白の名の下に、我に仕えし獣よ、その爪をもって我の前に立ちはだかりし魔を断て【白虎】」
コインが眩い閃光を放つと共に、俺の式神【白虎】が姿を現す。
白虎は空気を切り裂くような鋭い鳴き声を上げると、すぐに先輩の方へと駆けだし次々と妖魔を引き裂いた。
直後、群れを傷つけられ激情した狛犬が、白虎目掛けて飛び掛かった。
しかし、白虎の前では狛犬も下級妖魔も大差などない。白虎は向かってくる狛犬を、鋭い爪で切りつけた。
牙を剥き出しにしながらも狛犬はなす術なくその場に倒れ込んだ。
勝負がついたのを見て、俺は武装解除し式神を戻す。
「――夢乃先輩、みんな大丈夫!」
俺が急いで駆け寄ると2人は気絶していた。
「神白くん……」
夢乃先輩も、俺の顔を見ると、緊張の糸が切れたのか地面に座り込んで気を失ってしまった。
先輩を支えながら辺りを見渡してみるが親子の姿はない。
(あの親子だけはなんとか逃がしてくれたんだな)
3人の頑張りに感謝しながら、気絶した3人をどうやって運ぶか考える。
「――悠紀大丈夫か!」
突然名前を呼ばれ驚いて、声がする方を見ると黄瀬先輩が来てくれていた。
「黄瀬先輩?どうしてここに?」
「お前たちが遅いから見に来たんだが、これは…」
血を流して横たわる妖魔を見て黄瀬先輩は険しい表情をした。
「妖魔は大丈夫です。それより気絶してる3人をお願いできますか?」
「分かった。緊急事態のようだし麒麟と共にあの3人を乗せて学園まで乗せていこう」
そう言って先輩は麒麟を呼び出すと、嘶きと共に先輩は3人を乗せ学園に向かった。
「とりあえず良かった。――あれ?これって…」
先輩たちがいた場所に、見覚えのあるストラップが落ちていた。
俺は、そのストップを拾うと、そのまま傷ついている狛犬の下に近づいた。
「お前も飼い主を失って寂しかったんだよな…」
式神は契約から外れると魔に堕ちる。
霊力の補えなくなった式神には希石が生成されるらしい。
その理由はわかっていないが、決して避けられない運命という事なのだろう。
一説では、契約者を失った式神の悲しみと絶望に反応して希石が何処からか体内に現れるなんて話も聞く。
(こいつはまだ完全には堕ちてない…だけどきっと近いうちに)
魔獣になる前に倒す。
それも退魔師の仕事だ。
(でも…なんとかしてやりたい)
悩んでいた俺は、強く握った右手に持っていたストラップを見て1つの策を思いついた。
「ストラップ……式神――もし、あれが上手くいけば……」
一か八かの賭け。
だが、上手くいけば倒す必要はなくなる。
それにあの問題も解決できるかもしれない。
(頼む…上手くいってくれよ)
俺は狛犬に触れ、契約を唱え始める。
「汝の新たなる主、神白の名の下に―――― ――――」
数日後、初級練習場――
「ねえねえ神白先輩!!ちゃんと見てる!」
「ちゃんと見てますよ!」
視線の先では楽しそうに俺を呼ぶ先輩とそれにもう一匹。
先輩の周りを、楽しそうに小型犬が走り回っている。
あれは、先輩がストラップを介して呼び出した式神だ。
「えへへ、嬉しいな♪こんな可愛い式神が呼び出せるようになるなんて♪――でもなんで、紙じゃできなかったのかな?」
「え、あぁ、それは多分なんて言うか、相性とかですかね?」
「そうなの?」
先輩は、少し疑いの眼差しでこっちを見ている。
「く、詳しくはわかんないですけど…いいじゃないですか!――無事式神と契約できたんですから!」
「うーん、まあそうだね!ゆき丸可愛いし♪」
「ゆき丸?」
突然の名前に咄嗟に先輩に聞き返す。
「そう、ゆき丸!この子の名前だよ♪ねー♪」
「なるほど、いい名前ですね」
(先輩、嬉しそうで良かった。それにしても、犬と戯れる先輩も可愛いなぁ)
試験前の難題が解決し、和やかな気持ちで俺達は練習を続けた。
自分達の事を見ている視線にも気づかずに。
「神白悠紀…見かけないと思ったら、あんなところに居ましたのね。貴方だけは、絶対許さないから覚悟なさい――」
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