第2話‐式神と先輩‐Ⅰ

 ――夢乃先輩が入学してから数週間が経った頃


 「それでね、この間行った――」

「何それ!今度私も行きたいな葵も行こうよ!」

「いいの?じゃあ今度の土曜日に――」


 放課後の中庭で、友達と楽しそうに話している夢乃先輩を、木陰に座りながら見ていた。

「クラスメイトに囲まれても全く違和感ないな」

声をかけられた俺がそちらに顔を向けると黄瀬先輩がいた。

入学式の日、先輩と話し終わった後、そばで聞いていた黄瀬先輩にだけは本当の事を話していた。


 「この人が俺達より年上だって!?――信じられんな・・・・・・」

「あの、いくら黄瀬先輩でもあんまりジロジロ見ないでくださいよ!」

そう言って、先輩を見つめる黄瀬先輩の前に立った。

「あ、あぁすまん、ついな」

「まあ先輩の魅力には誰も逆らえないですからね。くれぐれも注意してくださいね」

そんなやり取りをした後、黄瀬先輩はこの秘密は誰にも言わないと言ってくれた。

おかげで夢乃先輩は、バレるどころかすっかり他の一年生に溶け込んでいた。


 「そうですね。先輩は昔から、よく俺より年下に間違われてましたから」

「あの人がクラスで浮かないか心配してたんだろ?」

「まあ、そうですね。一応は良かったんですけど・・・・・・」

「どうした?なんだか歯切れの悪い言い方だが」

「いえ、大丈夫です。・・・・・・多分」

確かに違和感なくクラスには馴染めていた、しかし先輩には一つ問題があった。


「夢乃せんぱ――」

危ない、癖で人前でもいつものように呼びそうになってしまった。

「夢乃、時間だからそろそろ行くよ」

「あ、はーい!じゃあ皆また明日ね♪」

クラスメイトに手を振り、先輩が駆けてきた。


「ねぇ?今、先輩って呼びそうになったでしょ?」

先輩は耳元で揶揄うようにそう呟く。

「仕方ないですよ。夢乃先輩を呼び捨てにするの慣れないんだから」

他の人に聞こえないよう、小声で答える。

 

「私は慣れたけどね――神白先輩♪」

また揶揄いながらそう言うと、目の前に飛び出して上目使いでこちらを見てくる。

――可愛い。

そんな調子で、先輩と会話をしながら歩いているとすぐに目的地に着いた。


 「着きましたね」

「うん!着いたね♪」

ここは、学園でもあまり人の立ち入らない初心者用の練習場。

現在では、学園に来る人の殆どが適性が高く、こんな初期の練習場は使わない為お飾り同然になっている建物だ。


 俺達は、扉を開け中に入った。

「さてと――神白先輩♪今日もよろしくね?」

そう言いながら先輩は、部屋の隅に荷物を置き、カバンから人型に切られた紙人形を取り出す。

簡素式神かんそしきがみ〉と呼ばれている練習道具だ。

予め紙に力を込められているので、退魔師ではない弱い力でも発動出来る為昔は重宝したらしい。


 「じゃあ先輩、昨日教えた通りにまずはやってみてください!」

「うん・・・・・・いくよ!」

俺の合図で、簡素式神を持つ手に先輩は思いっきり力を込めた。

(今日こそ成功してくれ――!今、式神の手の部分が動いた気がする!)

俺が、そう思った次の瞬間――式神だったものは丸まった紙くずになった・・・・・・。

 

 「やっぱり、だめですね・・・・・・。動いて見えたのは握りつぶしたからか」

本来ならば、紙人形が勝手に動き出すはずなのだが・・・・・・。

残念ながら先輩は、ここ数日大量の紙くずを生み出し続けているだけだ。


 「なんで!?神白先輩に教わった通りやったのに!」

そう言って先輩は、こちらを納得いかないという目で見ている。

「だ、大丈夫ですよ!次はきっと!」


 先輩にはそう言ったが、ここ数日見てきた俺にはわかっていた…。

先輩は――俺が想定していた以上に退魔師適性が低い!

(それ自体は先輩のことを考えれば当然想定していた。でもこれは・・・・・・)


 先輩が今練習しているのは、戦闘には向かない本当に初歩的な式神だ。

高度な技術も必要なく、陰陽師などが栄えていた頃に万一の時の連絡用に作られたものだ。

普通は子供だってすぐ使えるよう設計されたもの。


 (まずいよな、いくら何でも簡素式神も使えないなんてバレたら即退学だ・・・・・・)

 いくら親父が推薦したといっても、退魔師としての戦いは命がけだ。

 初歩の式神すら使えなくては、危なすぎてこの学園にいられるはずがない。

 先輩にも何度かそう言ったが、「たとえ危険でも神白先輩と学園生活送りたいの!」と聞き入れてくれなかった。

一年生の本格的な適性検査は五月になってから順番に行われる。

幸い順番まで時間はあるだろうが、それでも猶予はあと二週間程。

それまでに何とかしないとな――。


 そんな事を俺が悩んでる間も、先輩は式神の紙を次々に紙くずに変えている・・・・・・。

「ゆ、夢乃先輩?少し休憩でもしませんか?」

「えー!もうちょっとだけ、ね?」

止めようとする俺に、先輩は手を合わせ、上目使いでお願いしてくる。

「うぅ・・・・・・じゃあ、もう少しだけですよ」

「ありがとう♪」

嬉しそうにそう言うと、カバンから紙を出してまた力を込めている。


 本当は、先輩の腰まで積みあがっている紙くずを、念のため誰かに見られる前に片付けたかったのだが・・・・・・。

(先輩の可愛さに流されてしまった・・・・・・ていうか、あのカバンからどんだけ紙出てくるんだ!?)


 少しして先輩は、手品のようにカバンから出していた紙が底をついたようで落ち込みながら俺の横に座った。

「今日も全然ダメだったなぁ・・・・・・」

「元気出してください!明日はきっと出来ますよ!」

「うん・・・・・・」

励ます言葉をかけても、先輩は落ち込んだまま下を向いている。

(結構落ち込んでるな、どうにか話題を変えないと・・・・・・)

 

 「そ、そういえば!先輩、土曜日どこか行くんですか?」

「え、土曜日?」

先輩が友達と話していた内容を思い出し尋ねる。

「はい、さっき友達と話してるのが聞こえ――」

「そうだった!土曜日にね、友達と近くのショッピングモールに買い物に行くんだ♪」

先輩は勢いよく立ち上がると、目をキラキラさせてこちらを見つめている。

「買い物ですか、いいですね!楽しんできてください」

「なんで他人事なの?神白先輩も行くんだよ?」

先輩はそう言って首を傾げる。

「・・・・・・俺もですか?」

先輩の言葉に思わず聞き返してしまった。

同級生と遊びに行くのに、俺が行ったらどう考えても他の子に気を使わせてしまう。


 「いやいや、いくら何でも友達と行くのに俺は――」

「みんなが葵のパートナーも一緒にどうかな?って」

「あぁ、そうなんですね…」

(休みの日に遊びに行くのに、先輩が来るのを嫌がるどころかまさか向こうから言ってきてたとは)

「神白先輩、クラスでもカッコいいって人気だからね。私も鼻が高いよ♪」

また揶揄っているのかと思ったが、視線を向けると先輩は凄く自慢げにドヤ顔をしていた。


 「それで、土曜日一緒に来てくれるよね?」

瞳をうるうるさせてこちらを見てくる、先輩得意のおねだりは昔から変わっていない。

先輩にそう言われて俺が断れるわけないのだ。

「わかりました。先輩のクラスメイトもそう言ってるなら俺の方は大丈夫ですよ」

「良かった♪」

俺の返事を聞いた先輩は、子供みたいにぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。

(とりあえず、すっかり先輩も元気が出たみたいだし良かった)


 喜ぶ先輩を見ていた俺の視界に、先輩の横に置かれたカバンについたストラップが見えた。

「先輩、そのカバンに付けてるのって?」

「うん?あーこれはね、私が作った編みぐるみのストラップ。可愛いでしょ♪」

俺が尋ねると、先輩は嬉しそうにそう言ってストラップを見せてくれた。


 「へー相変わらず器用ですね!確かに可愛いです。えっと・・・・・・熊ですか?」

「・・・・・・えへへ、神白先輩ってば何言ってるのかな?どう見てもだよね?」

先輩は、そう言うと黙って笑顔をこちらに向けていた。

そういえば――先輩は、昔からいつも本気で怒っている時は笑顔だった。

「えぇっと・・・・・・先輩、犬ですよね。そうですよね!」

「神白先輩は今、熊って言ったよね。ね?」

こうなった先輩には、いくら言い訳しても無駄だ。

かくなる上は――。

「・・・・・・熊と間違えて、すいません」

俺はひたすら土下座した。

その後、先輩に土曜日アイスを奢る約束をしてなんとか許してもらい家に帰った。

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