奥深くが異端とは限らない
「真紀、なんか悩んでる?」
美佳の一言に私は心を突かれた。
実習で体験したこと。自分に恋をしたこと。それに対する違和感。
これを話して自分は奇妙な人間だと思われないだろうか。
そんな不安が頭の中を駆け巡った。
いつだってそう。私は人の目を気にして生きてきた。
自分がどんな人間かを周りにさらすことが怖かった。
だからいつも演じてきたんだ。
怖い。ただひたすらに。
恐怖をかみ殺すように唇をかみしめながら下を向き続ける。
美佳の顔が見れない。自分の心の奥底の悩みを打ち明けることはこんなに苦しいのか。
「真紀?大丈夫?」
呼びかけられた声におずおずと顔を上げる。
そこにあったのはとても暖かい目だった。
全く鋭くない。だけど心に届いて内から暖めてくれるような。
その瞬間、私の舌はとめどなく回り始めた。
あまりに早く話しすぎて、舌を噛みそうになるほどに――
すべて聞き終わった美佳は一息ついた。
私も怒濤のように話したため、少し息が切れていた。
美佳がいつもと同じように紙パックのジュースを飲むと、平坦な声で話した。
「それって、別に普通じゃない?」
私はきょとんとした顔で美佳を見つめた。
「自分に恋をしたって言ってるけど、それって自分が好きだってことでしょ。」
「…。」
「自分は魅力的な人間だって自分で思ってる。別に良いことじゃん。」
「それはそうなんだけど…。恋するまではいかなくないかな…?」
「てかさー、それって本当に恋心なの?」
「え?」
「だって話聞いてる感じ、その真瀬君?が真紀に対して持ってた感情って「安心する」とか「姉弟みたい」とかそんなものばっかだったじゃん。」
美佳は淡々と説明するが私はあまりピンときていない。
「まあ、真紀は恋愛したことないからわかんないかもしんないけど、恋心と落ち着くっていう感情はちょっと違うんだよ。恋愛は割と刺激を求めるものだし。」
「…そうなの?私が感じてたものは恋心じゃないの?」
少し考えてから美佳はまた話し出した。
「正直私は真紀じゃないから、実際どうだったのかはわからない。異性に求めるものに「一緒にいて落ち着く人」って考える人もいるし。だから真紀は本当に自分に恋していたのかもしれない。」
そう言われて私はまた少し顔を曇らせた。
「でもさ。」
だが美佳はまたすぐにしゃべり出す。
「別にそんな気にすることじゃないと思うよ。最初にも言ったけど、「普通」のことだと思う。自分のことが大好きな人間なんていくらでもいるし。真紀は昔から自分の本心を出すのが得意じゃないんだろうなって思ってたけど、それだから自分の考えることや感じることが世間にとって普通なのかどうかを誰かに評価してもらったことがないんじゃないかな。」
そう言われて私はハッとする。
「自己を発揮したことがないと自分がどんな人間なのか自分でもわからない。そしていざ自分の奥底にあったものに気づいたときに困惑しちゃうんだよ。「自分って普通じゃないのかな」って。そして自分は人と違う、自分は普通じゃない人間なんだっていう考えが大きくなると、どんどん人と関われなくなったり、自分を見失ったり、あらぬ方向に走りだして人生台無しにしちゃったりするんだよ。」
気づけば私は美佳の話に没頭していた。
そして同時に私がいかに子どもの考えをしていたかを見せつけられたようで恥ずかしかった。
長々と話して疲れたのか、美佳はまた紙パックのジュースに口をつける。
「だから、何が言いたいのかというと…。」
美佳は結論に迷っているようだった。
私は頭を悩ませる美佳に言った。
「ありがとう美佳。美佳のおかげで私は一つ大人になれたよ。」
心の奥底にたまっていたモヤモヤは綺麗さっぱりなくなっていた。
私は最大限の感謝を込めて美佳にお礼をした。
すると美佳は真剣な顔つきから、柔らかな笑顔に戻って話す。
「よし、じゃあ焼き肉行こう!もちろん真紀のおごりで~」
「いいよ。むしろおごりたいくらい!」
そういって立ち上がると私は学食の出口に向かって歩き出した。
「自分は普通じゃない」
この言葉は、ときに人を自信づかせ、ときに人の道を誤らせる。
美佳の話を聞いて思った。
前者は自分を知っていて、後者は自分を知らない人が対象だ。
私は今回の実習で自分を知った。
そして困惑していた所を美佳に諭された。
もう迷わない。私は自分に恋する魔物だ。
自恋魔として堂々と生きていこう。
自恋魔 シジョウケイ @bug-u
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