見えてきたもの
「あ、あれ……?」
私はとても困惑しながら目を開ける。
「大丈夫ですか?」
隣から声が聞こえる。
「え、えっと、ここは……。」
「実習、お疲れさまでした。新田さん。」
実習…?一瞬、何のことかわからなかったが、すぐに現実に意識が戻った。
あぁ……。そっか。
「新田さん。一応、確認ですが、あなたは新田真紀さんです。メタバース空間での実習を終え、現実世界に戻ってきたのですよ。」
教授が淡々とした声色で説明してくる。
「…はい。大丈夫です。」
対抗するように、無機質な声で私は返答する。
額にとりついているVRヘッドセットを取り外し、椅子から立ち上がると、さらに教授から説明を受ける。
「真紀さん。改めて実習お疲れ様でした。今回の実習は、自身の記憶を元にメタバース空間で再現された過去の世界に行くというものでした。そこであなたは第三者となり、過去の自分と接触してもらいましたね。そこから気づいたこと、心理学的観点から自分の行動はこういった特徴があるなど、自由に記述してもらい、それを期末レポートとして評価します。字数は3,000字程度を目安に、締め切りは2週間後で…――」
教授が長々と説明をしている間、私は実習での出来事を振り返っていた。
私は真瀬光太郎という人物として、過去の世界に降り立った。
そこで私は新田真紀に出会い、恋をした。
自分を好きになったのだ。恋愛対象として。
あれこれ考えるうちに、今まで体感したことのない感情が私を襲う。
気持ちが悪くなった私は今すぐこの場から立ち去りたかった。
「――――…ということで説明は以上になります。他に何か質問はありますか?」
教授が私に問いかける。
「…いえ。大丈夫です。ありがとうございました。」
私は早々と教授に挨拶を交わすと、鞄を手に立ち上がった。
「そうですか。お疲れさまでした。」
教授も引き留めることなく、軽い挨拶で締めた。
私はそんな教授に目もくれず、早歩きで教室を出て、駐輪場へ向かった。
――もう、今日は帰りたい。
駐輪場で自身の自転車を見つけると、急いで鍵を外し、真っ先に家の方向へとこぎ進めた。
自転車をこいでいる間、ずっと考えていた。
自分に恋をするということに。
一度記憶を奪われ、第三者視点から自分と接触したとはいえ、根底にある考え方や行動原理は私だ。
つまり、真瀬光太郎という人物は、いわば私の男バージョンだ。
そんな私が過去の自分に恋慕を抱く。
その動機は「落ち着く」から。
兄弟のように似通った考え方を共有できた居心地の良さ。共感。
ある時、人は自分にないものを持っている人に惹かれるというのを聞いたことがある。もしそれが本当ならば、共感によって恋心を抱いた私はおかしいのだろうか。
考えれば考えるほど、意味のわからない考え方をしてしまう。
こんなまとまっていない頭でレポートなど書けるのだろうか。
そんなことをモヤモヤと考えていると、いつの間にか家に着いていた。
ポケットの中にある鍵を取り出し、ドアを開けると、そのままベッドに直行し倒れ込んだ。レポートは書けそうにない。とりあえず後回しにして今日は寝よう。
――――翌日、私は大学の食堂に向かった。おそらく美佳がいるはずだ。
あ、いた。
すぐに見つけると、私は小走りで彼女の元に駆け寄る。
「美佳~。おはよー!」
すると美佳は、パックのジュースのストローから口を離し、「真紀!よかったー、元気そうで。」と安心したような笑みを浮かべる。
そして私が席に着くなり聞いてきた。
「で、どんな感じだったの?メタバース空間での実習は。」
私は少し顔を引きつらせながら答えた。
「かなり貴重な経験できたよ!本当に自分が別人として人生を歩んで、過去の自分と出会うの。私は同じ学校の先輩後輩の関係だったんだ。それでね…――」
ひとしきり実習での出来事を話すと、話を聞いていた美佳は怪訝そうな顔をしながら私の顔を見て言った。
「ねえ、真紀。その実習でなんか嫌なことあった?」
「えっ…」
「いや、なんとなく…。話の節々で言葉に詰まってる感じがしたし、いつも以上に顔がこわばっている感じだからさ…。」
美佳は鋭い。大学で出会ったときから、あらゆることを見抜いていた。現に私は美佳の質問に言葉を返せなかった。
「真紀。なんか悩んでる?」
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