<幕間>

「はあーあ」

大きなため息をつきながら、真紀は机に突っ伏する。

「だから言ったのに。くせのある教授だからその授業取るのやめなって。」

美佳はペットボトルのお茶を片手に話す。

「期末もテストの年もあれば、レポートの年もあるし、出題範囲だってバラバラだから対策するのめんどいって何度も忠告したのに…。真紀はずっと『でも面白そうだから!』の一点張りでさ、愚痴聞かされる私の身にもなってよ。」

真紀は美佳の言葉でわかりやすく落ち込んだ後、鞄から何かを取り出し、渡す。

「見てよこれ、今回の期末の概要。」

美佳は渋々受け取り、ざっと目を通すと、眉をひそめた。

「は?実習の後、その実習を通してのレポート?こんなのあの人の授業で聞いたことないんだけど。」

「そう。過去に受講した先輩に掛け合っても、テストかレポートのどっちかで、実習なんて初めてなの。」

真紀はさらにまくし立てる。

「しかも、『人間行動学』ていう授業で実習とか全く意味わかんないし、どんな評価基準かもわかんないしさ…、ほんと対策のしようがないよ…。」

真紀はひとしきり喋った後、再度机に突っ伏した。

真紀が話している間も概要が書かれたプリントから目を離さずにいた美佳は、真紀に質問する。

「ねえ、この実習内容にある『超高性能メタバース空間における過去の自分の行動観察』って何?」

真紀は突っ伏していた頭を上げると、不安げに答えた。


「なんか、記憶をもとに過去の仮想空間を創ってそこで一人一人実習を行うんだって。こっちの現実世界の記憶のない、全く別の第三者として、その仮想空間に送り込まれて、そこで過去の自分の行動を観察する。つまり私は、過去の新田真紀の行動を観察するために、別人として仮想空間で生活するみたいなの。もちろん実習が終われば、こっちの現実世界の記憶も戻ってくるし、向こうの仮想世界の記憶も保持したままだから、それでレポートを書くっていうのが一連の流れだって。」


美佳は心配そうに真紀の話を聞いていた。

「それ…大丈夫なの?記憶を無くして仮想世界に送り込む技術って、ついこないだ安全性が確認されたやつだよね。確かにうちの大学はメタバースの研究が盛んで、日本ではトップだけどさ、そんな超最先端でまだまだ試験段階中の技術を即座に大学の授業で使うなんて…。」

真紀は美佳の話を聞いて、少し青ざめつつも、自分を安心させるかの如く、明るい口調で話した。

「まあ…、大丈夫だよ。安全性は確認されてるんだから。それにそんな凄い技術をすぐに使えるチャンスなんて滅多にないよ!」

そういうと真紀は伸びをして、立ち上がる。

「ありがとう、美佳。愚痴に付き合ってもらって。おかげで楽になったわ。来週の実習、頑張ってくるね!」

「あ、ちょ…。」

美佳が呼び止めることにも気づかず、真紀は足早に去って行った。

「はあ…。空元気なのバレバレだよ…。」

美佳は机にあるペットボトルのお茶を飲み干すと、背もたれに体重を預けてぼやいた。


「本当はおとなしいのに元気キャラで振る舞って…。高校時代は変人キャラって聞いたな…。色んな自分を演じて、可愛い奴だよ、ほんと。」


季節は7月下旬。初夏と変わらぬ暑い空気はとどまる所を知らない。

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