騙し騙され

休日で人通りの多い駅前。賑やかさに呼応するように、空の晴れやかさも増していくように感じる。

光太郎はそわそわしながら、待ち合わせ場所にいた。

『来週の土曜日。デートまでの1週間で完璧なプランを考えて、私を満足させて。そうしたらあなたの欲しい情報すべてあげるわ。』

この時は手がかりを掴んだ喜びで約束してしまったが、今になって完璧なデートを出来る自信が全くない。

しかしこの機を逃せば、もう二度と記憶を確かめることは出来ないかもしれない。

帰りたい気持ちと何度も格闘していると、「おまたせー。光太郎君。」という声が聞こえた。

「あ、真紀さん、おはようござい…」

そこまで言って僕の口は動かなくなった。

初めて会った時にも美人だと思ったが、私服の彼女はさらに魅力に磨きがかかっていた。

「んー?私に見とれちゃったのかな?」

いたずら口調で聞いてくる彼女に、照れを隠すように僕は

「ほら、時間もないですし行きますよ。」

と彼女をせかした。

すこし嬉しそうな表情を見せた彼女は口を開く。

「はいはい、完璧なデートを楽しみしているよ」



――その後、遊園地、買い物、夕食というプランで僕たちは回った。

正直自分から見ても「完璧」なデートとは言えなかった。

しかし意外にも彼女とのデートは楽しかった。

いや、楽しかったとは違うかも知れない。彼女とのデートは心が落ち着いた。

というのも彼女は僕と考え方が似ていた。僕の考えにとても共感してくれたし、同様に彼女の考え方一つ一つに気味が悪い程納得がいった。まるで双子の兄弟のように。


最後の夕食を終え、僕たちは川沿いの道を歩いていた。

「ふー、なかなかに美味しかったね。光太郎君、良いお店知ってるんだね。もしかして私のために調べてくれてくれたのかな?」

満足げな顔をしながら彼女は聞いてくる。

「当たり前ですよ、完璧なデートをしなきゃいけないんですから。」

「そうだね、そりゃそうか。」

彼女は笑みを浮かべている所に、僕は一息つくと問いかけた。


「真紀さん。今日のプランは以上です。評価を教えてください。」

彼女は僕の突然の真剣な語気に驚いた。

そう、ここで完璧の評価を得なければ、僕の手がかりは消える。

呼吸が速くなっていくのを感じながら、彼女の答えを待つ。

彼女は笑顔を崩し、すこし悲しげな表情で僕に話しかけた。

「今日、集合場所で会った時から、今日のデートが完璧だろうと、そうじゃなかろうと、君には真実を話す気でいたよ。でも、今はすこし迷ってる。」

「迷ってる?どうしてですか?」

ていうか、最初から話す気なら僕の頑張りは何だったんだ。心の中で悪態をつきながら彼女に問いかける。

「話せば君を悲しませることになるから。」

悲しませる?そんなに僕と彼女には深く重い話があるのだろうか。

「大丈夫です。覚悟はできてます。」

「わかった。じゃあ、話すね。」

彼女は大きく息を吸う。僕も合わせるように唾を飲み込んだ。



「私は何も知らない。それが答え。」



………は?僕は彼女の言葉を素直に理解できなかった。

「え、えっと…。知らないっていうのは…。」

「知らない。過去に君と会ったことはないし、私と君に繋がりなんて無い。」

ようやく彼女の言葉を頭で処理し始めると、次いで絶望がやってきた。

「嘘だ…。そんなことは…。確かに記憶にいた女の子は真紀さんのはず…。」

彼女はさっきとは打って変わり、光を失った目で僕を見る。

「多分人違いだよ。似ている人の一人や二人はいるでしょ。」

素っ気ない彼女の言動を聞いていると僕の中で怒りが湧いてきた。

「じゃあ!どうしてあんな思わせぶりな態度で僕にデートを持ちかけたんですか!」

すると彼女は物を壊した子犬のように、しゅんとした態度で話す。

「それはごめんなさい。からかうつもりだったの。私をつけ回して、会うなり過去に会ったことがあるかどうかを聞いてくるなんて冗談だと思って…。でも君は今日、一生懸命考えてデートを企画してくれた。デート中も真剣だった。正直楽しかったよ。でも同時にからかうつもりで来たことにとても罪悪感を感じてきて…。君にとってその記憶はとても大事な物なんだって気づいた。でも言い出せなかった。何度も言おうと思ったけど…。ごめんなさい」

いつの間にか彼女の目には涙が溢れていた。

彼女の弁明を聞いているうちに僕の怒りもいつしか収まっていた。

二人の周りを冷たい夜風が包む。

「とりあえず今日は帰りましょう。駅まで送りますよ。」

気まずい空気を払うように僕は言った。

彼女も無言でうなずいた。


重い空気の中、何一つ言葉を発さず、二人は帰路に就いた。

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