記憶の鍵

「ねえ。あの子でしょ?今年入学してきたストーカーって。」

「そうそう、ずーっと3年のある先輩を探して聞いて回ってるんだって。」

そんな陰口を片耳に光太郎は集めた情報をまとめたノートに目を落とす。


「新田真紀か…。」

これまで集めた情報と、2年前に見た顔の記憶を照らし合わせると、新田真紀という人物が浮かび上がった。

彼女は現在高校3年生。しかし不登校気味でなかなか会うことが出来ない。

というのも彼女はかなり変わっていて、家には怪しげな実験装置などがあるという噂もあるくらい。

日々研究にいそしんでいて学校に行く暇がないんだとか。

彼女と顔見知りである人物にほぼ毎日彼女が来ているか尋ねても、

「今日も来ないんじゃないの、知らんけど。ていうかうっとうしい。」

と突っぱねられてしまう始末だ。


だが僕は会わなければならない。会って、僕との接点を知りたい。

僕の唯一残された記憶の中にいたあなたは何者なのか。


「おい」

考えを巡らせていると、突然声をかけられた。

新田真紀と知り合いの人だ。

「さっき真紀来たけど」

「本当ですか!」

突然の内容に僕は立ち上がった。

「しかもよ、なんかお前を探してるっぽかったんだよ。『童顔でぶつぶつ独り言言ってるストーカーさんに会いたい』って。お前だろ?絶対」

なんてひどい言われようなのだろうか。しかし大体合っているため言い返すことが出来なかった。

「…それで、彼女は今どこに…?」

話をそらすように僕は尋ねた。

「理科準備室。早く行ってやれよ。」

「わかりました。ありがとうございます。」

そう言い残し、僕は教室を飛び出した。



「ここか…。」

3階廊下奥。薄暗い雰囲気を醸し出す場所にそれはあった。

理科準備室。多くの生徒はあまり入ることのない教室。

謎の緊張感に足がすくむも、僕はゆっくりとドアを開ける。


「すいませーん…、新田真紀さんはいますか…?」

小声でおそるおそる尋ねる。

「良く来たね。光太郎君。」

教室に響く透き通る声。

彼女は僕の方に振り返る。

「私が新田真紀。よろしくね、ストーカーさん。」

整った眉毛、切れ長の目、筋の通った鼻筋、つやのある唇、細く、しかし凜とした立ち姿。

誰が見ても美人と評価するであろう女生徒がそこにはいた。

聞いているイメージとの乖離にしばらく声が出なかった。

2年前に遠目で見た際も綺麗だとは思ったが、近くで見るとここまでとは。

「んんー?なんで固まってるの?光太郎君。私に用事があるんでしょ。」

その言葉でやっと我に返った。

「あ、あぁ…。そうです。真紀さんに聞きたいことがあって。」

「うん、いいよー!なんでもカモン!」

明るい声を発しながら、手をクイクイとしてくる。

僕をストーカーと認識しておいてこの警戒心の無さは、やはり変人ゆえなのか?

そんなことが頭をよぎるも、振り払い、口を開く。


「あの、単刀直入に聞きます。真紀さんは僕と昔会ってませんか。」

喉に突っかかっていた言葉を振り絞るように出した。

手がかりを見つけたことに対する嬉しさなのか、それとも真実を知ってしまう恐怖なのか、たった数十秒の沈黙がやけに長く感じる。



「………もし会っていたとして、それが私になんの関係があるのかな。」

沈黙を破った言葉が予想外の返答で僕はすこし困惑した。

「え、えっと…。それはどういう…。」

「私、自分に関係のないことにはとことん興味がないの。もし昔に私とあなたが会っていたとしても、それは今の私には関係のないことでしょ?なら話す必要はない。」

彼女はケロッとした顔で答える。

「つまりそれはあなたは答えを知っていると受け取って良いんですよね?」

僕は彼女の目をまっすぐ見つめながら放つ。

「うん、知ってる。」

「教えてください。」

「嫌、話したところで私に何の徳もない。」

「なら僕は今までのようにあなたにつきまといますよ。真実を知れるまで一生。」

お互いに言い合いが続く。

「なんでそこまで私にこだわるの?」

すこしいらだちを含んだ口調で彼女は言う。

「僕は小さい頃、事故に遭って記憶のほとんどを失っているんです。でも、数少ない記憶の中にあなたの姿があった。だからあなたの存在を知りたいんです。」

「人違いってことは?」

「ないです。」

僕は考える間もなく即答した。

すると今まで怪訝な顔をしていた彼女は少し考える素振りをして言った。

「じゃあ、来週の日曜に私とデートしてくれたら話してあげる。」

「は?」

僕は意味のわからない提案に拍子抜けした声を出した。

「来週の土曜日。デートまでの1週間で完璧なプランを考えて、私を満足させて。そうしたらあなたの欲しい情報すべてあげるわ。」

何を言っているんだろう、この人は。しかしこのチャンスは逃せない。

「本当ですか!わかりました、頑張ります!」

僕は嬉々とした声で返事をする。


やっと掴んだ手がかり。逃してなるものか。

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