第21話

一月の時間が経った。

リュウの青空教室は今日も変わらず老若男女で賑わっていた。いつの間にか、里の中では朝にリュウと一緒に鍛練することが日課になっていたのだ。

とは言っても、子供や老人には若い者に課すような鍛練はやらせていない。ゆっくりと全身を使って血行を良くするような健康体操を教えていたのだ。これはこれで型をゆっくりとなぞるものなので、若い者も熱心に取り組んでいる。


日々懸命に稽古に励んでいた者たちは随分と上達した。ウルなど身体が一回り大きくなり、姿勢もしっかりしてきた。今では敵から身を守る方法も教える程度に身体が出来てきている。

リュウもまた、この世界のことは大体覚えたと言えるだろう。長との約束は果たせたと思ってもよさそうである。

そろそろ、頃合いなのかもしれない。


「師父! 本日もお願い致します!」


いつ頃からだろうか、ウルが若い者をまとめだしていた。これもまた何時からなのか、師父と呼ぶようになっていた。


(儂などが、師と呼ばれる日が来ようとは)


リュウは苦笑した。

前世ではついぞ弟子など取ったことはなかった。若い頃の苛烈さを知る者は師事しようなどとは思わなかったのだろう。年老いてからも時折軍の指導を請われたが、それほど長続きはしなかった。

今思えば、焦りがあったのだろう。老い先短いのだから、指導などと時間を無駄に使いたくなかった。それはそれで正しくもあるが、間違ってもいたと今になってわかる。

人に教えるということは、己自身の振り返りである。改めてわかることもあるのだ。軽視し過ぎていたと反省しきりである。

リュウはこうも思い始めていた。

技術の継承など考えもしなかったが、それは傲慢なことだと。

武を知るのは己ひとりなどと、思い上がりも甚だしい。

武とは集合知なのだ。

一代で完成をみるなど絵空事なのだと、リュウは今更理解していた。


(これも老いたということなのか。だがまあ、そう悪くもない)


振り返れば二十を超える弟子がリュウを待っていた。誰も彼も瞳が輝いている。日々鍛えていたことが実を結んできた頃合いだ。楽しくなってきたのだろう。

そう、武とは。

楽しめるものなのだ。


「 今日は対人を想定した身の守りかたを教える。場所を移すぞ」


リュウはそう言っていつもの広場から更に奥まった場所へと歩き出す。教えるものによっては簡単に見せてはならないものもある。今日残してゆくものは、そういう類いのものだ。


「みだりに使ってはならない。今から教えることは、容易に人を壊すことができるものだ。守れぬ者は去れ」


木立に隠れた広くもない場所で、リュウは立ち止まった。師から語られる言葉は常にない強さで、気圧されるように辺りは静まり返る。

そのまま少し間をおいたが、誰も去ろうとはしなかった。リュウの教えを受けるということは、容易に人を傷つけられる技を覚えることだと理解していた。それに、リュウは常々言っていた。

武とは人を打ち倒すためのものではない。己の身を守るためのものなのだ。

と。


「よろしい。イリーナ」


リュウはイリーナを呼び寄せた。イリーナは何も言わずに近寄ってゆく。

これも一月で変わったところである。自分の技を教える時だけは、お嬢さん扱いを止めていた。というか、止めてくれと懇願されたのだが。


「諸君らには型を教えてきたが、意味を考えたことはあるか」


ここにいる面々には型稽古も教えていた。それも染み付いてきた今だからこそ、教えられることである。


「型には意味がある。どう動けば捌けるのか、効率的に反撃ができるか、型には全てが詰まっている。例えば」


イリーナと向き合い、顔を打ってこいと促す。なんら気負いなく打ち込まれた拳は、うまく力の抜けた良い一撃だ。少しばかり感嘆しながらも、リュウは左手を添えるようにして捌いた。


「こう捌く時、型に当てはめたとき両手で迎えている。何故か」


仕切り直し、もう一度。今度は左手で捌くと同時に右手はイリーナの首筋に当てていた。


「攻防一致。両方を同時に動かす事で一拍を消す。左手だけで迎えた場合、右手を動かすという手番がひとつ増える。これはよろしくない。使えるものは使うのが効率が良いし、虚をつける」


もう一度同じ動作を繰り返し、目突き、腕打ち、金的と矢継ぎ早に右手を動かした。


「これは発想次第で派生する。型ではこの動きの時に足も内に入れている。受けられた場合はこれで崩すこともできる」


右手を受け止めさせながら、足をくいくいと動かす。注目させ、動きを見せているのだ。イリーナの前足のすぐ傍に寄せていた足、その足首から先を直角に動かすだけでイリーナの足が弾かれた。そして体勢が崩れたところに肘。


「捌いた左は離さず、捕るのも良い」


イリーナの手首を掴み、手前に引く。やはりこれだけで体勢が崩れた。顎に拳を打ち込む、首を打つ、胸を肘で打つ。


「型を理解せよ。どこを打つかも考えるのだ。何が効果的なのか、どこならば倒せるのか。できれば一瞬で決着をつける。ひるませるのでも良い。逃げる間を稼げれば上出来だろう」


倒す必要がないことも補足する。死なない、殺されない事が第一だ。戦う前に逃げられるならば逃げるべきだし、逃げる隙があるのであれば逃げれば良い。逃げられなかった場合の身を守る術が、今教えていることになる。


「やってみろ。当てないよう気を付けて」




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