第20話

一週間が過ぎた。今ではリュウの青空教室にはイリーナ姉弟以外にも学びに来ている者がいる。村の全体数からしたらそう多くもないが、特に若者の参加率は極めて高かった。

余所者が何かやっていると聞いて見物に来たものが惹かれていた。リュウの指導はそう生易しいものではないが、イリーナ姉弟の動きが日に日に洗練されてゆくのを若者は感じていたのだ。特にリュウは姿勢制御を重んじている事もあり、イリーナもウルも立ち姿や歩く姿がとても綺麗になっている。びしりと伸びた背筋は華やかさというよりは凛々しさを伝えるが、特に女たちからは好評だったらしい。

一方の男連中も、ウルの目が日に日に輝いてゆくのを感じていた。いつもおどおととイリーナの影に隠れているような少年だったが、余所者の世話を始めてからは生き生きしている。どういう事かと様子を見に行けば、毎日足腰が立たなくなるまで鍛練の繰り返し。バカじゃないか、と笑うものもいた。

だが、リュウの打っていた木を見たものは笑えなかった。幹が散々に削れ、ひび割れ、極め付けに拳の形にへこんでいたのだ。驚愕と畏怖。精霊術を使ったところで、拳の形に打撃痕を残すことなどできない。できたとして、そこまで精緻な操作ができるならそれはそれで頭がおかしい。どちらに転んでも、あの余所者は只者ではないと結論される。ならばあれに師事するウルもまた、いつの日かとんでもない強さになるのではないか。

男らは単純である。強いということはかっこいいのだ。次々にリュウの師事を受け始めた。


「止め。今日はここまでとする」


リュウの号令と共に一同は動きを止めた。死屍累々とも取れる状況。立っているのはイリーナのみで、他は倒れ込むか座り込むか。そんな生徒を尻目に、リュウはイリーナと槍を扱き始めた。

個人指導のように見えるが、そうではない。リュウの鍛練にかろうじて着いていけるのがイリーナのみというだけの話である。止め、と声をかけないと止まらないのは何故なのか、リュウにはわからなかった。

限界を超えて鍛練するのも時には必要だ。しかし、何事もほどほどが一番である。武人として大成したいわけでもあるまいし、適当なところで切り上げて良いのだ。そう、リュウは思っていた。思っているだけで、声に出していないのだが。


「軸を意識しろ。ぶれている」


ゆっくりとした動作で槍を突きだしながら、イリーナの指導も行う。今は身体の動きを確認しているところだ。型をなぞりながら重心、軸、脱力を視る。イリーナにも意識させ、一つの動作に異様に時間をかけていた。


「意識している」

「基本を忘れるなと言っている」


不服そうな声にため息を吐き、横合いからイリーナの鎖骨辺りを軽く押す。ふらり、とイリーナの身体は簡単に傾いだ。あれ?と思わず声に出ている。


「常に意識しなければ鍛練にならん。膝、腰、胸、肩、首、頭。丁寧に」

「わかった」


イリーナはリュウに指摘されるまま、素直に頷いた。


リュウとイリーナ姉弟の間に特別何かが起こったわけではない。ただリュウは質問に答え、やって見せ、理を説いただけである。それだけだが、何十年と続けてきた者の言には、動きには、嫌と言うほどの厚みがあったのだ。厚みは即ち説得力であり、信頼感である。これを真似れば何かを掴めるのかもしれないと、思わせるに足りた。

それからはイリーナも指導を受ければ素直にそれを受け取った。いくら己に自負があろうと、リュウと比べれば紙のような薄っぺらさなのだ。何を恥じる必要があるのか。


ウルもまた、リュウに強く憧れている。直接戦闘を見たイリーナとは違うが、動きのひとつひとつがウルを揺さぶるのだ。

強くなりたかった。

身体が小さく、気も弱い自分が嫌いだった。姉に守られているばかりの自分を変えたかった。リュウとの出会いは転機だったのだ。

今はまだ自分の成長など感じられていない。しかし、リュウは言っていた。続けていればいずれリュウと並ぶ日も来るだろうと。

信じようと思った。信じたいと願った。

ウルの気持ちは、誰よりも強かった。

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