第19話

「よし、では次」


少し時間が経ったところでリュウは呟くように言った。ウルもイリーナも姿勢を正して腿をパンパンと叩く。そこまで長く続けていたわけではないが、足が張っていた。

そう言えば、イリーナも何故か素直に修練を続けていた。何か琴線に触れたのだろう。リュウとしては別に強制するつもりはなかったが、何かを学ぼうとしているのは好ましいと感じていた。


「打撃部位を鍛える」


リュウはすたすたと歩くと木の前に立った。巨木である。千年樹というものだろうが、ここにはそんな木ばかりが屹立していた。

とにもかくにも、木の前に立ったリュウはおもむろに拳を打ち付けた。続けて掌底、肘、脛、踵と満遍なく身体を使って木を叩く。


「え? こんなことを、毎日?」

「内を鍛えたら外も鍛えねば効果も半減だ」

「答えになってないが」

「なっているだろう? 一連の鍛練の中の一つとわかるはず」


言葉を交わしながらリュウの動きは重々しくなってゆく。木を叩いていたゴツゴツとした音は、今や鈍器を打ち付けるような音に変わっていた。音が響く度にウルとイリーナは顔をしかめている。当たり前である。


「なに、慣れれば痛くもない」

「その域はどの程度かかるのでしょう…」

「数年はかかるだろうよ」

「大変気が長い話ですね…」

「最初は軽く、慣れてきたら強くしていけば良い。骨と精神力を養う鍛練だ」


リュウは会話しながら指を立てて木を打っている。数分繰り返し、今度は背中で体当たりを始めた。更に重い音が響く。

諦めたのか、姉弟も各々木の前に立った。恐る恐る、こつこつと拳や肘を幹に当てている。当然、痛みに顔をしかめていた。


「ある程度必要なことだ。土台ができても、それに耐え得る道具がなければ意味がないのだ」

「それは、確かに…」

「どちらが欠けても己の身は守れん。どちらも同様に鍛えてやるのだ」


理論はある。しかし、理論だけで身体は動かず、動けない。馴染ませねばならないのだ。それを修練、鍛練と呼ぶ。覚えればすぐ強くなる方法などないのだ。咄嗟に動ける、反応できるよう繰り返し繰り返し、それこそ生活の一部になるまで繰り返して覚えるしかない。それが武術というものなのだ。


「よし。槍を扱くとしよう。イリーナ嬢、頼めるか」

「構わんが…」


リュウの鍛練は終わらない。高い木々が周りを囲んでいるからわかりにくいが、陽はそれなりに高く昇っている。ウルは既に肩で息をしながら自分の拳を涙目で見つめているような状態だ。

些か厳しいと言える。が、別にリュウは強制しているわけではない。どちらかと言えば勝手にウルが真似をしているのだ。少しばかり心配でもあるが、止めろとは言いにくいイリーナである。


「イリーナ嬢はもう少し槍を上手く使え」

「私か」

「構えて」


二振りの槍を出し、片方をリュウに手渡したところでイリーナは初めて指示を受けた。彼女は左半身になって槍を持つ。


「姿勢は先程のものを思い出して、そうだ。突いて。……悪くないが、引き手を意識する。こうだ」


戦闘において、槍は強い武器だ。初心者でも大抵は真っ直ぐに突けば良いだけで、しかも間合いが広い。間合いが広いということは、遠くから攻撃ができるということだ。相手が無手であれば一方的な戦いになるだろう。

槍はまた、攻撃方法が多彩である。突いて良し、斬ってよし、払って良し、さらには多少訓練は必要になるが投げることも容易である。素人が振り回すだけでも相当に厄介になるが、これをある程度技術立てて習得すればさらに脅威となる。

イリーナもそこそこ槍には自信があったが、あくまで独学。精霊術とうまく併用する器用さと立ち回りだけでアレハンドロに目をつけられたのだ。つまり、才能がある。確実に身を守れるよう鍛えてやるのも仕事なのだとリュウは理解していた。


「正しい姿勢で、正しく身体を動かせ。それだけで今の三倍は強くなれる」

「今のままでもそれなりに自信はあるのだが」

「次にあの男と出会ったら首がなくなるだろうが、それで良いか」

「………くう…」


イリーナとしては回避したかったようだが、まさしく正論で叩き潰されていた。木の根本に腰かけるウルの視線を感じながら、イリーナはリュウの直接指導のもと槍を振るい続ける。

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