第17話

「修行でしょうか」

「そうさな、修行とまではいかんが、鍛練ではある」

「わたくしどももやります!」

「私はやりたくない」

「やります!」


何故か離れてしまった姉をぐいぐいと引っ張るウルだが、完全に及び腰のイリーナはなかなかリュウの前に出ようとしない。少しばかり時間をかけて、ウルは姉を引っ張ってきた。


「何をやらされるのだ…」

「なに、姿勢良く立つだけのこと。斬った張ったなどしない」


完全に疑る視線もリュウは気にしない。昨日と同じように腰を落として手を前に伸ばした。当然とばかりウルもそれを真似た。リュウはその立ち姿に一言二言助言をするだけ。みる間にプルプルし出す弟の膝小僧に笑いが込み上げてくるイリーナである。


「ちょっと膝を曲げて立っているだけだろう」

「なら、姉上も、やってみれ、ば良いです!」


息も絶え絶えのウルにイリーナはひらひらと手を振った。逃げたと思われるのも癪なので、仕方無しにリュウの立ち姿を真似る。


「うん、流石に良い。が、もう少し腰を落として…違う。膝を曲げるのではない。そう、そうだ。背筋は伸ばす。肩は力を入れない」


業腹だが、リュウの指摘通りに細部を調整する。

なるほど、これは。


「何の鍛練なのだ…これは」

「基礎だ。己の身体を造るための基礎。こうしていると、力の流れがわかるだろう」

「わからん」

「意識できていないだけだ」


ふん、と荒い返事を返し、苦しくなってきた内腿を心の中で叱咤する。伸ばした手も地味にきつい。こんなに自分の腕は重かっただろうか。ぬぐぐ、と喉の奥で漏れでた苦鳴を圧し殺す。地味にきつい。


「腰が随分高くなった。せめて背筋を伸ばして前を見よ」


リュウに煽られた。見やれば彼は先程と全く姿勢が変わっていない。実は精霊術で見えない椅子でも出して座っているのでは?

なにくそと気持ちを奮い立たせ、再度腰を落として背筋を伸ばす。顎を上げて真っ直ぐに前を見つめた途端に、少しだけ楽になった。腿は変わらずきついが、何故か呼吸が楽になったのだ。腕も少しだけ軽くなった気がする。


「りきむとつらくなるのだ。膝も肩も力を抜け。無にして空、身も心も、軽く、軽く。想像するのだ」


狂人の言葉通りにするのは何となくムカつくが、風を想像する。

草原を駆け抜ける一陣の風。

精霊が纏わりついて来るのがわかった。使うつもりなどなかったが、自然と寄ってきてしまったらしい。


精霊術とは、精霊を使役するのではなく、手伝ってもらって初めて成立する。彼らに取っては戯れなのだから、使うというのは烏滸がましい。

だが、大半の術士は忘れてしまっていた。

本来の精霊術とは、手を取り合い、共生するために培われた意志疎通方法なのだ。


彼らは術士の想像力に感応する。

強固に想像すればその通りに再現をしてくれる。

それが基本だと教わるものだ。

だが、子供の頃はもっと気楽に付き合っていたのだ。

なんとなくのイメージで精霊と意志疎通を行う。

純粋に精霊と遊ぶことができた。

精霊が楽しめば、より多くのことを手助けしてくれていた。

何故、忘れていたのだろうか。


(悪戯だ。あの男の肩を押してやれ)


気分が良くなったイリーナは精霊に指示を出す。さっと動き出したそよ風が、リュウの右肩辺りで一瞬だけその風を強めた。

しかし、リュウは小揺るぎもしなかった。正面から押されればすぐに倒れてしまうそうな構えだというのに、微塵も動く気配がない。


「己に軸があれば、多少の強風だろうが揺るぎもせんよ」

「何か不正をしているのでは」

「自分で押してみるかね」

「吠え面かくなよ」


煽るように大胆不敵な笑みを見せたリュウに苛ついたのか、さっさと馬歩を止めたイリーナが大股に近付いた。そして力の限り右肩を叩くように押す。

巨木を叩いたようだった。と思わせるほどに重い。それこそ、地に根が生えているのかと見紛う。何をどうしてらここまで重心が落ちるのか。これが、軸というやつなのか。

ぐいぐいと押すもどこか手応えがなくなった。押している方の腕に、リュウの近い手が添えられている。


「円だ」

「は?」

「循環している」

「???」


押される力を添えた手に伝えているのだ、とリュウは言った。イリーナは理解ができない。何故か押している手に手応えがないのはわかるが、何が循環しているというのか。


「はあ?」


押していた手が少しばかり外に押されたのがわかった。

その瞬間、イリーナの身体は宙を舞う。

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