第15話

「遅い」

「おお、イリーナ嬢」

「おお、ではない。どこをふらついていた」

「そこらを少しばかり散策していただけだとも」


案内されて向かった先にの家にはイリーナが仁王立ちで待っていた。いつから待っていたのか、浅く組んだ腕を指先で叩いて苛立ちを露にしている。


「少しの散歩が一刻もかかるものか」

「元が爺なのでな。ゆっくりしているのだ」

「ウルもウルだ。ふらふらしていないでさっさと案内すれば良かったのだ」

「ご、ごめんなさい姉上」

「ほう、姉弟なのか」

「はい。姉上とは血が繋がっております」


言われて見れば、確かに似た顔立ちをしている。高圧的な姉に弱気の弟とはまた、正反対で面白い。弟が心配で見に来たのだろうか。だとすれば、なかなか弟想いの姉である。


「まあ、良い。早く中に入れ」


諦めたのか、ふっと息を吐き出すと家を親指で指し示した。ウルが先に立ち、簾のように垂れ下がった布を開いて中に入ってゆく。

続いて入った室内は、長の家より少しばかり大きく感じた。雑然とものが置かれているあたり、誰かの家なのだろう。

家の中心辺りに設置された囲炉裏の傍に腰を落ち着けた。小さな火が起こされている。なんとも落ち着く空間だった。


「今日からしばらくここに泊まれ」

「有り難い」

「宜しくお願いいたします!」

「………?」


なぜよろしくなのか、ピンと来ないリュウである。村に一時的に住むからだろうか。いやしかし。


「貴様の居住空間はここからここだ。それ以外は立ち入るな」

「……う、うむ」

「姉上、お客様にあまりにもあまりな言い方ではありませんか。聞けば命をお救い頂いたとか。無礼でしょう」

「待てウル。こやつは狂人だぞ」

「だからと言って無礼を働いて良い理由にはなりません。長はご友人だと仰っておられたというのに」

「ぐ、く…!」


ウル強し。何故かイリーナに睨まれているリュウであるが、いまいち状況が呑み込めない。


「待て。儂ひとり、というわけではないのか」

「はいっ。申し訳ございませんが、わたくしどもの家に逗留頂くということになりまして」

「私は認めていないが?」

「姉上は黙っていてください」

「いや、流石に年若い娘御のいる家に転がり込むというのも外聞が悪かろう」

「お気になさらず。姉上は里の中でも一番の強者です。周りの男衆からも男だと思われておりまして」

「それはまた無体な…」


流石に不憫ではないか、とイリーナに視線を向けてみれば、何故か誇らしげな顔をしていた。そういうものか、という気持ちと、それでいいのか、という気持ちが半々のままリュウは押し黙った。


「ですので、リュウ様は気兼ねなく家を使っていただければ幸いです」

「承知した」

「不服を申し立てて即座に出て行っても良いが?」

「なるほど、姉上は自活すると。長に話しておきますね」

「ウルは私に死ねと言うのか!」

「弟に世話をさせる姉、というロクデナシ状態を早く卒業して欲しいです、割と真剣に」

「あんまりだ!」

「言わせているのは姉上でしょうに」


リュウをそっちのけでぎゃあぎゃあと喚く兄弟。どうしたものかと暫くは様子を見ていたが、次第にどうでも良くなってきた。勝手に家捜しし、茶を淹れ、囲炉裏の傍で一息入れるリュウもまた割と自由人である。


「これを機にだらしない生活を改めてくださいね」

「…はい」

「虎が猫になったか。まあ、茶でも飲め」

「我が物顔ではないか…」

「我が家らしいからなあ」

「なあウルよ、やはりこいつはおかしい。何故あの状況で寛げるのだ」

「自覚があるなら大人しくしたらどうです? リュウ様を見習って泰然自若とですね」

「泰然自若なのか? ただ図々しいというだけだろうあれは」

「ハッハッハ」

「笑って誤魔化しているあたり、やつも自覚があるぞ」

「姉上!」


賓客として遇しようとするウルと、隙あらば威嚇するイリーナ。リュウはお茶請けとばかりに二人の掛け合いを眺め、かんらかんらと笑っていた。

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