第14話
ウルは見よう見まねで姿勢を真似た。リュウの横に立ち、ちらちらと盗み見るようにしながら、膝を曲げて腕を差し出す。すぐに足が震え出した。リュウは簡単そうにやっているが、殊の外きつい。
馬に乗る時、人間は自分で立つ時とは違う身体操作を求められる。内腿を絞め、背筋を伸ばさなければ馬の歩行で簡単に体勢が崩れるのだ。今彼らがやっている姿勢は馬歩あるいは騎馬立ちと言い、馬の支えがない分きちんとした姿勢でなければ余計にきつい。
ウルは当然そんなことは知らない。とうとう膝が震えだし、ふにゃりと尻をついてしまった。
「もう一度」
「は、はいっ」
リュウはゆっくりと姿勢を戻しながらウルに語りかけた。
「膝を曲げるのではない。腰を落とすのだ。こう……そう、そう」
膝を地につき、リュウは丁寧にウルの姿勢を指導する。足同士の幅、爪先の向き、足裏のどこに自重が乗るのか。そして腰、というよりかは骨盤である。これの使い方で随分変わる。
「前屈みになってはいかん。背骨を立たせる……そうだ。首は真っ直ぐに、そうさな。真っ直ぐに前を見つめてみると良い。うん、肩に力は入れず、真っ直ぐに手を伸ばす。そうだ。肘も手首も、だらりと」
背骨、後頭部、肩甲骨、肘と順番に触れてゆく。手首に触れたところで腰が前に揺らいだ。
「上だけに意識を散らすな。一本の軸を通せ。地から天を抜ける軸が、身体の中心を通るのだ」
「む、難しい、です」
「一朝一夕にできるものではないよ。儂とてまだまだ立ち方がわかっておらん」
リュウは立ち方もまた重要視していた。足腰の強さは並でも十分。しかし、体軸の強さは何物にも代えがたい。全ての動きにおいて、小揺るぎもしない軸こそが技の威力を決めるのだ。
「さあもう一度だ。自分のできるところまで続けなさい」
「はいっ」
二人はまたじっと立ち続ける。少年はすぐに尻をつくが、少しだけ休むとまた立ち上がって腰を落とした。とても楽しいとは思えぬだろう地味な修練である。しかし、少年の瞳は輝いていた。
「少し休め」
「まだ…」
「加減を見極めるように。もっと身体ができてこなければ妙な癖がつくだけだ。見ることもまた、稽古である」
「…はい」
強がってはみたが限界だったのだろう。ウルは倒れ込むように座ると足を懸命に伸ばしていた。リュウに動きはない。変わらず腰を落として真っ直ぐに前を見つめている。
微塵も揺らがぬ体軸。何があろうとも傾ぐことのない巨木の如く。精巧な彫像を見て美しいと感じるように、ただ腰を落として立っているだけの男に美を感じるだろうか。
「…ぅ」
ほどなくして絞り出すように息を吐いたリュウが姿勢を戻した。そのまま左に顔を向けながら両手をゆるりと顔の方向へ。弓を引き絞るように右手を引き、すっと左足を進める。次の瞬間には絞った拳を打ちながら、残った右足を振り子のように放った。
ゆったりとしていたのはここまで。
蹴った足を地面に激しく落とす。それだけの動作でウルは地の揺れを感じた。流れるように踏み込まれた右足と同時に、地と平行になるほど落とされた腰が、身体が、追走する。気が付けば、左肘が空を穿っていた。
数瞬して、動くことを忘れていたように風が動く。
知らず、ウルは口を開けて見ていた。
「わたくしも…わたくしにも、身に付けられるでしょうか…」
「技は鍛練の積み重ねでしか磨かれない。鍛練を重ねるのだ。ひたすらに鍛練を重ねるのだ。体験し、体感することで覚えよ」
「はいっ!」
初めての衝撃だった。踏み込みで地を震わせ、突けば風をも置き去りにする。普段目にしている精霊術よりも余程感動的な光景だった。己の身ひとつで奇跡のような、人とは思えぬような、尋常ならざる動きを披露する。ウルは一撃で参ってしまった。
「勝手をしたな。さ、儂は何処に住まえば良いのか。案内を頼めるかね」
「いえ! 素晴らしいものを拝見致しました! 有り難うございます! 改めましてご案内致します!」
興奮した面持ちで立ち上がった少年の足はぶるぶると震えていた。先導などできるわけもなく、リュウは苦笑しながら彼に肩を貸した。
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