第13話
長の家を辞すると、少年が着いてきた。年は十を少し越えた辺りか。彼もまた優美な尖った耳を持つ愛らしい顔立ちの美人である。立ち止まり、振り返ると少年もまたリュウの前で止まった。
「何かな」
「お客様の共をせよ、と言い付けられましたっ」
「これはまた、過分な心遣いよ」
「いえっ、わたくしなどで申し訳ございませんっ」
礼儀正しい、謙虚な子であった。少年は恐縮したように身体をさらに小さく縮ませ、ぺこりと頭を下げる。
(このくらいの年の子はこんなに小さかったか)
苦笑を滲ませる少年を眺めながら、リュウはふうむと息を吐いた。彼はあまり背丈のないリュウの腹辺りまでしかない。真っ直ぐに見つめてくるリュウの圧に負けたのか、若干仰け反り気味になっているのもまた、更に少年を小さく見せていた。
何となく読めてきた。まずは彼をどうにかせよということだろう。どういう立場の少年なのかは全くわからないが、仕事始めとして妥当と長が判断したのだ。なかなか面白そうではある。
「手綱としても機能はするか」
「は、はい?」
意味がわからないらしく、少年はどことなく怯えたように首をかしげた。
どうやら、単純に世話をしろと言われただけのようだ。監視であればもう少し気構えができているものだが、彼の場合は気弱で自信がないのが立ち姿で良くわかる。
あまり友人の類はいないのかもしれない。特に少年くらいの年頃の子供は敏感に察知する。自分よりも弱い、弱気のものを飲み込みたがるものは多いのだ。本能とも言うべきなのか、主従に似た関係になってしまう。大人しく思慮深いというのは大きな美点だが、心が整っていない時期の子供には少しばかり不利になるのだ。
「まあ、良い。どこか広い場所はあるかね」
「あ、はい。こちらへ」
ふい、と目線を切り辺りを見回すも、己の位置がどこかもわからないリュウである。詰まっていた息をほっと抜いた少年は、先に立って歩き出した。
「少年、名は何と」
「ウルです。ウル・ラブレス」
「ラブレスと言えば、イリーナ嬢の血縁か」
「大きな括りで言えば確かに血の繋がりはありますが、集落単位で同じ家名になるんです」
「ははあ。ではこの里はラブレスしかおらぬわけだ」
「はい。小さな村ですし、みんな顔を知っているから確かに家族のようなものかもしれませんね」
家族という割に、ウルの顔には苦笑が張り付いている。色々とあるのだろうが、踏み込むことはしない。人様のお家事情に首を突っ込むほど厚顔でもないし、何より興味がないのだ。
「こちらです」
「うん、良いな」
ぽつりぽつりと会話をするうちに開けた場所に出た。とは言っても森の中、木々に囲まれた中でほんの少しだけ空き地があるようなところだ。
自然の息吹き、小動物のざわめき。透き通った空気は、やはり良いものだった。
リュウは、すいと肩幅程度に足を広げた。腰をしっかりと落とし、手は肩の力を抜いて前方へ。円柱を抱えるような手の形、馬の背に乗るような足の加減でぴたりと動きを止めた。
リュウが五十年以上かかさず続けている訓練法である。足腰を鍛えるのと同時に、立ち方を確認するのだ。
力みを捨て、脱力に至る。これが難しい。普通に生きているのでは辿り着けない感覚である。字面では力を抜くだけだが、脱力はまた違う感覚なのだ。たゆまぬ修練のみが可能にする身体操作である。
リュウはぴくりとも動かない。ウル少年は自分の目を擦る。リュウの姿が大木にみえたのである。自然と一体化しているのにも関わらず、圧倒されるような存在感がある。
ちち、と声を上げて小鳥がリュウの手に止まった。されど不動。開いているのか閉じているのかわからない程度に開かれた目は虚空を見つめたまま揺るがない。
少年は感動した。
ただ立っているだけの姿を見て、無性に心が震えた。
人が樹齢千年の大木を見て感動するように、ウルもまたリュウの姿を見て感動したのだ。
これはひとつの美。
自分も、こうなれるのだろうか。
少年の夢が、小さく芽吹いた。
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