第10話

紆余曲折あったが、ようやくイリーナの住みかにたどり着いた。話を通してくる、とリュウをその場に残してイリーナは里の中へと入っていった。

残されて困った、というか怯えたのは矢を射掛けた男である。イリーナの執り成しで何とか無事に済んだが、次はないとリュウの目が語っていた。

というよりも、何故先に客を連れ帰ると言っておかなかったのか。術のひとつも使えばそんなことくらいは簡単にできる。何とも間の抜けた女である。


「アンタ、何者なんだよ」

「さて。そこらにいる武術家ではあるが」

「そこらにこんなのがゴロゴロいるわけないんだよなぁ…」


探りを入れようとしたのだろうが、よくわからなかった。本当の事を口に出しているのか、冗談を言っているのか、恐怖心もあって読み取れない。という時点で相当おかしいということを理解はしていないだろう。


そんな男の評価とは裏腹に、リュウは実際に自分の事をただの武術家だと思っていた。技量の高低はどうでも良い。武術とは己の研鑽であり、己との戦いである。自分と向かい合い、身体を動かすことでようやく自分のことが分かり始めるのだ。まだまだ半世紀を少しばかり過ぎたくらいの付き合いで、分かり得るはずもなし。

だからこそ武術家を自称するのだ。極めておれば武神とでも名乗るだろう。

精霊術などという理解の及ばぬ業を使う方が余程の何者かだ。


「貴殿も精霊術を使えるのか」

「? そりゃあ、使えるさ。イリーナほど上手くも強くもないけど」

「しかし貴殿にはあの距離を届かせる弓の腕がある」

「いやいや、あれも精霊術が関係しているんだよ。アンタまでの道を作って、通しただけさ」

「イリーナにも出来るのか」

「似たような事は。向き不向きがあるからオレの方が精度は高いだろうけど」


そういうものか、とリュウは頷いた。万能というわけではないようだが、それに近い。莫大な時を費やしてようやく会得できるような業も、精霊術の協力があれば比較的容易に成し遂げることができるのだろう。なんとも、夢があるような、ないような。

だが同時に得心もあった。使のだ。だから、彼らの動きを見ると違和感があるのだろう。理に叶っていないから無駄が多いのに、速く見えてしまうのだ。


「リュウ、こちらへ。長に会ってくれ」

「承知した」

「マジかよ。長に会えるのかよ。オレ後で怒られるやつじゃん…」


ぽん、と若者の肩を軽く叩いてから、リュウはイリーナのもとへと歩き出す。

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