第9話
二人は森を抜け、川沿いを川上に向かって進んだ。道中には花がところどころに咲き、空を小鳥が飛んでいる。そのどちらも極彩色でリュウに見覚えはない。単純に浅学を嘆くだけで良いのか、やはり判断がつかない。
地図があれば、とリュウは考えた。リュウが生きた世は行動範囲は狭くとも世界自体が閉じていたわけではない。星が丸いことは常識だったし、重力があることも判明していた。所謂科学技術は存在したのだ。
従って、己が住んでいた国、訪れた場所くらいは把握している。いや、常世であればそんなことは関係ないか、と振り出しに戻ってしまうリュウである。
「もう少しだ。閉鎖的なところがあるが、そう悪いところでない」
「そうか」
このリュウという男は何故こうも無感動なのか。それとも強い田舎者は感情が薄っぺらにできているのだろうか。強い田舎者とか訛りが強いみたいではないか。特段会話することもなく、黙々と歩く中で静かに狂気に蝕まれるイリーナである。
「イリーナ嬢」
「なんだ」
「どうも警戒されているようだが」
「警戒するなというのが無理筋だろう」
「だいぶ大人しくしていると思うが」
「あれほど暴れておいて何を」
「これはまた、すれ違っているか」
「は?」
「は、ではないが」
何故かえぐり混むようにして睨みつけてくるイリーナを横にどかし、空を握る。
「お仲間ではないのか?」
「は?」
「は、ではないが」
伸ばしたリュウの手の中には矢尻が握られていた。妙な行動をしたイリーナが悪いとは思うが、完全に射線に入っていた。諸とも死なすつもりであるなら、と一歩を踏み出したところで慌てたイリーナに止められる。
「待て! 動くな! 一発なら誤射とも言うではないか!」
「誤射でも射撃よ。明確な敵対の意志があろうさ。火の粉は払わんとな」
「待って! 里が滅んじゃうから!」
火の粉をさっと払いのけたら村落が消し飛んだ、という火力の高い想像がイリーナを襲う。もはや泣き出さんばかりに慌てているイリーナだが、もう一方を止めなければリュウは止まらない。再度飛来した矢を払い落とし、掴んだままの矢尻を振りかぶる。
「死」
「やらせぬう!」
まさしく体当たりで止めようと、彼女はリュウの振りかぶった腕に抱きついた。
が。
容赦なく振り下ろされた腕の勢いですぽーんと宙を舞った。
「ウゴッ」
「雄々しい声だ。猛ったか」
「痛いんだっ! 見て分かれ狂人め!」
見事に尻から着地したイリーナの呻き声に眉を顰めるろくでなし爺。分かっていて煽っているからたちが悪い。
アホに構っていらんとばかりに焦って振り返れば、木が一本、倒れるところだった。
その近くにはへたりこんだ男が一人。その男もまた、イリーナと同じ形の耳を持っている。なるほど、確かに同族なのだろう。
「大したものだ。目算が狂った」
「確実に殺る気だったな貴様ァ!」
リュウは笑った。
何を当たり前のことを、とでも言うように、完全にイリーナを小馬鹿にした笑みだった。
イリーナは激怒した。
彼の邪智暴虐の狂人を許してはおけぬ。一発でキレたイリーナがリュウに飛びかかった。
秒で後悔した。
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