第6話
囲まれているとはいえ、相手側は十人程度。それも素人に毛が生えた程度の練度では脅威には値しない。ならば、とリュウは考える。
「あの槍はまだ出せるか」
「うん? 何本でも生成可能だが」
「ならば一本貰えるか」
後ろから目の前に落ちてきた槍を掴んだ。リュウが使っていたものに比べると軽く、短い。穂先から柄、石突きまで金属でできているらしい。それなのにこの軽さというのも、ある意味不安を覚える。
片手で突き、払う。よくしなり、強度も問題はなさそうだった。
「行くか」
囲いの一人が何か声を上げようとしたところだった。リュウは軽い言葉と共に踏み込む。
走るでも、歩く、でもない。滑るようにリュウは移動した。
ぽかんと口を開けている男は構えようとした。距離は目測で二十歩はあるのだから、気を引き締め直しても間に合うはずだった。
しかし、それは全く間に合わなかった。
瞬く間に接近していたリュウの槍があっさりと心臓を貫いていたのだ。
目を離してなどいなかった。コマ落としのように、接近する過程が突如として消え失せたように見えていた。
「貴殿らに恨みはないが、儂の前に立ったのだ。不運だったと、諦めよ」
淡々とした言葉だった。抑揚も起伏もなく、ただただ事実を告げる口調だった。誰もが目の前の光景を理解できず、口を開くことができない。
その空隙をリュウが見逃すわけもなく。
一人また一人と、槍に命が穿たれる。
「逃げるものはどうするね」
「……は、あ、ああ。こいつらは、逃がすわけにはいかない」
「承知」
イリーナに確認を取った直後、背を見せたものが二名。
リュウの歩法から逃れられるはずもなく。
一人は一振りで両ひざを砕かれ、もう一人は投げ放たれた槍に頭部を貫かれて絶命した。
(さて、身体はよく動く。しかし、激しく動く気にもならぬ)
身体の違和感を修正しながらの戦闘だが、若い頃の動きが今一つ思い出せないリュウである。
投げた槍を回収し、くるくると弄ぶ。
随分と久方振りの槍だ。
在りし日を思い出す。
「なん…だありゃあ…」
一瞬で五人が死んだ。現実味がない。全く、何の冗談なのか。遺体から槍を抜き取った男が、槍を見つめて手癖で振り回している。殺した者には何の感心もないのか。何故、満足そうに頷いているのだろう。
山賊は恐慌状態一歩手前だった。目の前の光景が色付いた瞬間、遁走を始めるだろう。
しかし、その時は来ない。
「あ」
間の抜けた声を漏らしてまた一人倒れた。リュウではない。いつの間にか距離を詰めていたイリーナの仕業である。
一撃一殺。
既に残りは二人だけ。
何故、こんなことになったのか。
仲間が殺されたから、報復に来ただけだ。
簡単な仕事だと言っていたではないか。
あんな化物とは聞いていなかった。
身勝手なことを思いながら、咄嗟に逃げようとしたところで、山賊の長の意識は消失した。
「予想以上に使えんなあ。多少は消耗させてから死ねよなあ?」
唯一残った男がへらへらと笑っていた。他と同じように薄汚れた格好。だが、何か毛色が違うように見えた。
「貴様…」
「イリーナ・ラブレス。少し派手に動きすぎたな。残念だが死んで貰おうか。こうなる前に捕まえて飼いたかったものだ」
「舐めた口を叩いてくれる」
「力量は見えたのでね」
瞬きの間に男の姿が変化した。白い鎧を身に付けた、金髪の偉丈夫。彼もまた、イリーナと同様に瞬時に両刃のつるぎと盾を作り出していた。
「アレハンドロ…! 首狩り騎士様とは、大物が飛び出したものだな…っ」
「お前がその程度に脅威と判断されたのだ。光栄に思いたまえよ」
アレハンドロは右手に掴んだ剣を一振りし、歩き出す。尊大な口調と態度とは裏腹に、微塵も隙を見せない。
言うだけはある、とリュウは考えていた。事情は全くわからないが、どうやらイリーナとは因縁があるようだ。
アレハンドロはリュウにも気を配っているようだが、狙いはイリーナ一人。手を出さなければなにもしない、とその横顔が語っていた。
一歩、二歩と両者の間が詰まってゆく。気圧されたイリーナが一歩引いた瞬間。
アレハンドロの動きが不自然に加速した。瞬時に槍の間合いの内側に入り込んでいる。左手の盾で槍を弾き、右の剣が切り上がった。
イリーナの反応も悪くはない。弾かれた槍に逆らわず、泳いだ身体の方向へと回避を行っている。しかし、反撃は不可能。既にアレハンドロは次の行動へと移っている。切り上げた剣は既に両手で把持されていた。
(速い)
身体の半分ほどを覆うカイトシールドは背負われている。力強い踏み込みと共に大上段からの斬撃が放たれた。
「くっ!」
対するイリーナは槍を斜めに寝かせて対応する。が、アレハンドロの剣撃は容易く槍を両断した。
「上手いな。良く避けた」
得物を破壊されつつも、イリーナは距離を取ることができていた。斬撃の余波で飛ばされたのか、外すことのなかったフードが脱げている。
美しい女だった。口調とは裏腹に随分と幼く見えるが、整った顔立ちである。神の作った彫刻もかくやの美貌と言えるが、リュウには見慣れぬ部分があった。
耳が尖っていたのだ。普通の人間よりも大きく、後ろ側に張り出している。リュウの短くもない人生の中では、見たことがなかった。
「薄汚い耳が見えているぞ」
「貴様…ッ!」
「強がったところで結果は見えただろう。お前では勝てんさ。当然、逃がしもしない。終わりだよ、棘姫」
言い終わるか終わらないか、アレハンドロの足が動いた。突きだろう。確実に首を狙うそれに、イリーナは反応できていない。
が、アレハンドロはその剣を右に振り抜いた。
「何かあったかね」
「……こちらの要求は通じていたと思っていたが」
「応とは言うておるまい。あれしきでは対価と言えんのでな」
アレハンドロが確かに感じた殺気は至近距離だった。しかし、リュウはその場を動いていない。槍を肩に担ぎ、真っ直ぐにアレハンドロを見据えていた。
「血が騒ぐ。久方振りの強者となれば、ただ見ているだけとはいかん。武芸者とは、そんなものよな」
赫々と爛々と、リュウの眼が怪しく輝いていた。
左前の中段に槍を構え、右足は半歩引く。す、と腰を落とした。
ぎしりと空気が音を立てる。
「比武といこうか」
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