第3話

リュウは街道を歩いていた。昨日まで住んでいた国は遠く、特段目的もなくただ歩き続ける。それで良いと思っていた。

山にでも籠るのが正解なのかもしれない。だが、技を磨くのは良いが、それ以上の速度で衰えて行く。だが、それで良いのだ。

足りぬものは技ではない。

理が成れば、己の道は完結する。

その理を組み上げる破片を広い集めねばならない。

それは、ただ隠者のように過ごしては見つからぬのではないか。

リュウはそう思っていた。


「…いつまでついてくるのか。それとも迷ったかね?」


誰もいない山道で、リュウは呟くように声を漏らした。一拍の間を置き、木陰から青年が姿を現す。

一人、二人、五人。いや、まだまだいるのだろう。リュウの後方にも、前方からも、複数人の気配を感じた。

彼は何故とは思わない。

それほどに、血にまみれた道を歩いてきたのだ。

何が目的であろうと、リュウは受け止める。

それが己の宿痾なれば。


「魔槍とお見受けする」

「いかにも。この忌み名に何用か」

「消えていただく」

「うむ。いつかは来るだろうと思っていた時が、ついに来たということか」

「あなたは我々の憧れだ。信仰すらしていると言っても良い。だが」

「構わんよ。武に善悪はない。そこには確固たる意思のみがあるべきだ」

「あなたは、怨念に殺されるのだ」


言い終わるか終わらないか、そんな微妙なタイミングでリュウの左右から人影が接近する。片や短刀、片や曲剣。瞬く間に距離が削られて行く。

後一歩で間合いの内、という時に曲剣の男の頭が爆ぜた。続いて短刀の女も血反吐を吐いて崩れ落ちる。


「さて」


女の腹に打ち込んだ掌を下げながら、浅く腰を落としたリュウは低く嗤う。尖り切った岩は今は丸く磨かれた。だが、だがしかし。

生まれついての獣性は消し去れぬ。

久方振りの実戦だが、やはり武を振るえば昂るというもの。


「此度は幾人か」


呟くように漏れ出た声は、リュウを囲むすべての人間に届いた。

空気は鉛のように重くなり、軋むような冷気さえ感じるほどの威圧感。

心臓を握り潰されるような殺気を全員が感じていた。

これが魔槍。

これこそが、魔槍・リュウ=イーロンなのだ。

戦国の世にて無双と讃えられ、怖れられた悪鬼なのだ。


「怯むな! 魔槍なにするものぞ! 段取りの通りに動け!」


矢が、魔弾が、リュウを圧殺せんと迫り来る。雨霰と降り注ぐそれは、しかしリュウに一筋の傷も与えられない。ゆらりと動いた手が受け流し、打ち払い、消し飛ばしたのだ。

しかし攻撃の手は緩まない。射撃の隙間を縫うように四方八方から凶刃がリュウを襲う。

然れど無傷。先の先、後の先、ゆったりとした歩法と拳で死地を作り出す。

軽く出した牽制の突きでさえ人を殺すと言われた魔槍の拳。

槍を置いてなお、重ねた研鑽が人外の理を築き上げたのだ。


「押し通せ! 武門の意地を! 父祖の無念を晴らすときだ!」


リュウは健在。

なれど襲撃者も怯むことなく意気軒昂。

流石の魔槍も多数の手練れが相手では守勢に回る時間が多くなった。

二つをかわして一つを打つ。

三つを弾いて一つを打つ。

六つを流して一つを打つ。

技は冴えていても、身体が言うことを聞かない。

一つ、二つと傷が増え、ついには無事な部位などなくなった。


「……いずれも武門を背負う者共が束になろうと、魔槍には届かんとは」

「なに、満身創痍だ。いくつもの戦場を駆けたが、これ程の死地は初めてよ」


最後の一人を打ち倒した後、リュウはその場に座り込んだ。片手片足は使い物にならず、呼気に血の香りが漂っている。血を流しすぎたためか、視界が滲んで仕方がない。

動くもののいなくなった山道で、老爺は深々と息を吐き出した。

気付けばまた血の泉と骸の山。

どこまで行こうと己はこんなものなのだろうと苦笑する。


若い頃の傍若無人が懐かしい。

死ぬのは弱いからだと切り捨ててきたあの頃は、こんな感傷とは無縁だった。

なるほど、歳を取るわけだとリュウは笑った。


それにしても、ここで命を散らせた若者には悪いことをしたと思う。

彼らの願いの通り、リュウはここで死ぬだろう。

だが、彼らの若さにこんな老人の命が釣り合うのだろうか。

因果応報と言えばそれまでだが、少しばかり心が痛む。


(それも巡り合わせか。ままならんものよな)


願わくば、死者の魂に安らぎのあらんことを。

父祖の無念を見事に晴らしたのだから、詮無きことか。


(ああ、喉が乾いたな)


濃い茶を飲みたい。

そんなどうでも良いことを考えながら、魔槍はその生を閉じた。

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