第19話 探偵見習い

 数日後……


 悠里はとある探偵事務所で頭を下げていた。


「大失敗だねぇ♪」

「何で嬉しそうなんですか?」


 頭を下げながら仏頂面で嬉しそうな目の前の糸目髭面の男を睨む悠里。

 彼はシジフォスという探偵でこの探偵事務所所長である。


 所長はやたら近未来的なデザインの椅子に深~~~~く座りながらくるくると回る。


「折角捕まえた麻薬組織の幹部も逃がしてしまった挙句に、一般人に正体を知られる。英雄失格だね」

「……すんません」


 ここは耐え忍ぶしかない悠里はひたすら謝る。

 だが、当の所長はカラカラと笑う。


「ま、英雄とは言ってもそれぐらいの失敗は良くあることさ。それほど気に病むことは無いよ」

「……ありがとうございます。しかし、テロリストに正体を知られるのは厳しいのでは?」


 そう心配そうに尋ねる悠里だが、所長は苦笑する。


「それぐらいは良くあることさ。それに君の正体をテロリストに知られた決まった訳じゃない。あくまでもこの純って子に知られただけだろ?」

「そうっすけど……」


 軽く言う所長だが、散々正体を知られた際の危険について教えられた悠里は怖くて仕方が無いのだ。

 所長は困り顔になってしまう。


「そんなに心配ならここに連れてくれば良かったのに」

「……やっぱり連れてこないとダメですか?」

「当然。正体を知った以上は監視をつけないと」

「……そうですか……」


 微妙な顔になる悠里だが、所長はさらに困り顔になる。


「こういう時はきっぱり対応しないと。どっちつかずの対応をするから変なことになるんであって、きっちりすれば大したことにならないんだから。ちゃんとその子を連れてきなさい」

「……はい」


 しょぼんとして答える悠里。

 その様子を見て不思議そうな顔になる所長。


「どうしたの? 何か困ることがあるの?」

「いえ、俺のせいで彼に日常生活に変な制約がかかるのが申し訳なくて……」


 そう答えて微妙な顔になる悠里。


「俺もこの能力が所長にバレたせいで英雄やらされる羽目になりましたし、同じようにこの子が苦しむのかなと思って……」


 悠里は色々あって、この所長に捕まったスーラーでもある。

 とある一件が原因で悠里が虚人であることがバレ、なし崩し的に探偵見習いにされてしまったのだ。

 その時を思い出して微妙な顔になる悠里に所長は言った。


「まあ、彼がどうなるかは今から考えてもしょうがない。一番良いのは君の助手になることだ」

「……助手ですか?」

「そうだよ。監視はしやすいし、比較的自由も多い。一番やりやすいし、信用も生まれる」

「……なるほど」


 言われて納得する悠里。

 確かにそちらの方がやりやすいし、彼の為になるだろう。


「だから彼に会ったら同じ探偵見習いになることをお勧めするよ。それなら僕に会っても不自然じゃないし」

「それもそうですね」


 少しだけ顔が明るくなる悠里。

 そんな彼の顔を見て少しだけ笑う所長。


(クールと言うよりも仏頂面なだけで、割と考えが顔に出るんだよねぇ)


 ともすれば大人過ぎるぐらいの悠里だが、こういうところはまだ子供なのだ。

 所長は時計を見てにやりと笑う。


「そろそろ学校に行かないといけないんじゃないかい? 確か今日は午後に授業ある日じゃなかったっけ?」

「そうですね。行ってきます」


 そう言って事務所の玄関に向かう悠里。

 すると外から帰って来た先輩所員が悠里に向かって言った。


「おい。何か外に変な子供がいるぞ? お前の知り合いだろ? 何とかしろよ?」

「変な子供ですか?」

「そうだ」


 言われて嫌な予感がした悠里が玄関に出ると……


「お疲れ様っす! 兄貴!」


 何となく悠里は察していたが……玄関には純が居た。

 玄関前で彼ははキラキラした目で言った。


「兄貴の生き様に感動にしました! 舎弟にしてください!」


 そう言って「おひけぇなすって」をする純。

 良いたいことが色々あり過ぎて、わなわなさせる悠里の後ろから所長は言った。


「手間が省けて良かったね♪」

「……………………………………」


 何となく押し黙ってしまう悠里。

 悠里は純のおひけぇなすっての手を取った。


「わかった。舎弟にしてやるよ」

「兄貴!」


 純が目を嬉しそうにキラキラさせている。

 そんな彼を尻目に純の手をそのまま所長へと渡す。


「じゃあ教育お願いします」

「勿論」


 ニコニコ笑う所長はそのまま純の手を引っ張って事務所に引きずっていく。


「あの……兄貴?」

「舎弟になった以上、まずは教育からだ。頑張れよ」


 そう言って悠里は外に出て、玄関の戸を閉めた。

 そして深呼吸をして一言ぼやいた。


「めんどくせぇ……………………………………」


 そう言って悠里は重い足取りで学校へと向かった。



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