狐の嫁入 その②

 夏を先取りしたような天気だった。6月末日。例年ならば梅雨の天気を残した空模様のはずが、今年に限っては羊雲がぽつぽつとあるだけの快晴。肌を焼くような強い陽射しが地上を容赦なく照らしている。


「何でこんな暑い日に外で歩かなきゃならねえんだよ。」


 車椅子に乗った男が後ろで押している男に向かって言った。車椅子の男は、よく梳かれた長髪の黒髪を後ろで束ねて、シルバーアクセサリーを身に着けた、ガラの悪そうな男であった。


「狐さんのせいだよ……。」


 後ろで車椅子を押している男は、目の前の男に聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で呟いた。


「妊娠したぐらいではしゃぎやがって、半グレのガキ共が!」

「占いは当たらない癖にどうしてこんな事ばかり命中率が良いですかね。」


 車椅子を駆け足で押す青年が嫌味を口にする。ハァハァと息が上がっている。体温と同じかそれ以上の外気温では身体の熱は外へは逃げずに内に貯まるばかりだ。


「もう少し静かに押せないのか、紺ちゃんよ。」

「少し黙っててもらえますか。気が散る。」


 2人にとっては、逃走劇は手慣れた出来事であった。逃走経路は身体に染み込ませてある。既に逃亡先や移動手段の手配は終えていた。後は、待合せ場所まで逃げ切るだけだ。

 それでも命がけであることには変わりない。捕まれば命はない。少なくとも無事に返してはもらえないだろう。


「こっちは直に振動がくるんだよ。もう少し丁寧に運べんのか!?」

「うっさいな、ばか野郎。あんたの為に猛暑の中を押して走ってやってんだろ!少しは感謝しろ。」


 二人は言い合いながらも街の深い闇の中へと消えていった。後を追う影も二人を見失ったのか、霧散していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る