宇宙開発
俺はあの時宇宙エレベーター開発に躍起になっていた。曜日感覚もなくなり、ほぼ毎日出勤する日々。そんな俺にも沓掛の他にライバルがいた。鑓水だ。俺ら3人は第1研究室の中でも開発速度・精度共に上位で、「彼奴等に敵う工学研究者は居ない」と揶揄される程だった。
そんな中入ってきた仕事は「エレベーターの制御方法」だった。
俺は必死になって調べ、適当にまとめてきた。
「エレベーターの制御ねぇ…どれが効率的か…」
俺は資料を眺めつつコーヒーを飲む。
「ねぇねぇ?どう?決まった?」
話しかけてきたのは沓掛。
「あぁ…まだ決まってなくてね。どうも俺にはプレゼンは向いてないようだよ…」
「えぇ!そうなの?若き天才科学者なのに?」
「うるせえよ」
「…君がよかったらタッグでも組まない?」
「タッグ?別にいいけど…他の大人数グループと組んだほうがいいんじゃない?」
「それは君にも言えることじゃない?ほら。大人数よりも少人数精鋭のほうがいいでしょ?」
「…それもそうだな。改めて宜しく。沓掛さん。」
「こちらこそ宜しくね。」
和やかな雰囲気になったのも束の間。もう一人のライバルが現れる。
「おい。プレゼンするのになんでお前はそんなにゆったりしてるんだ。さっさと決めたらどうだ」
むっと来た俺は控えめに反論をする。
「おいおい鑓水。何もそんな敵視しなくてもいいじゃない?同じ研究してるんだし…」
「俺は事実を述べただけだ。別にお前を敵視している訳でない。期限は3ヶ月後。そんな調子でお前は間に合うのか?それにお前はいつも…」
「鑓水くん?そんな言い方は良くないと思うわよ。私達には私達なりのやり方があるの。」
沓掛が鑓水に対し釘を刺す。
「…沓掛さんまでもか。…まあいい。そんなにやる気がないなら辞めろと言う話だ。」
いつでも鑓水はこんな調子だった。ただ研究には打ち込む。そんな精神の奴だった。
「…あいつは…あいつって奴は…」
「…ゴホン。………それで。なんかいい案浮かんだの?」
「ああ…沓掛さん。こんなの…どうかな?」
「あっ浮かんだんだ」
俺はあいつがほざいている間に即興で書いた落書きのような図を沓掛に見せた。
「ええと…これは…なに?」
「これはね…ローレンツ力誘導回生併用リニアモータ駆動式…エレベーター?」
「…なるほど……ってどういうこと?」
「基本はリニアモータで動かして…減速時に発生する誘導電流を使ってローレンツ力で…回生ブレーキ?」
「…ふーん…原理はわかったんだけどさ…発熱とか…そこらへんは大丈夫なの?」
「…今考えてる。」
「要検討だね…この装置は…」
この日から俺と沓掛の大研究会が始まった。俺が開発した"ローレンツ力誘導回生併用リニアモータ駆動式エレベーター"、通称"ローレンリニア"は数々の利点があるものの、欠点も多かった。だからこそ作り甲斐がある。俺らは2ヶ月間燃えに燃えまくった。
試行錯誤や意見の不一致など色々あった。そしてついに実験開始から68日目の夜。最終形態の…
"ローレンツ力誘導回生併用超電導磁石リニアモータ駆動式エレベーター"
別名
"ローレンリニア2"が完成した。
「これって…成功よね?」
「一応試験としての演算もこれで終わったし…成功だね。」
「やったわ!ついにローレンリニアが出来上がったのね!」
「そうだね。…プレゼンをまず先に考えないと。」
「いやもっと喜んでもいいのよ?」
広い研究室に俺ら2人。本当の研究の楽しさを知れた気もした。
そしてついにプレゼンの日。俺と沓掛の番は3番目でなんとも言えない微妙な発表順であった。
廊下に並べられた待機列用のパイプ椅子に座る。
「…ふぁぁぁぁ…緊張しますねぇ…」
「あんた絶対眠いでしょ。顔に出てるわよ。」
「断じて気のせいです。」
「…そうですか。」
そんな感じに緩い会話をしているとついに俺らの番が回ってきた。
「…ついにこの時はきたな…」
「…私たちの集大成…見せつけましょう!」
俺たちは握手をして会議室に乗り込む。俺たちのショーの始まりだ。
結果的に最高のプレゼンをすることが出来た。と、俺は思っている。
その日の夜。仕事を終えた俺は帰ろうとエレベーターホールへ行き、ボタンを押す。4基もあるエレベーターはなかなか来ない。そんなときふと後ろに気配がした。それとほぼ同時にエレベーターのドアが開く。さっと乗って1階のボタンを押してドアの方を振り返る。
「よぉ。天才科学者さん。」
「鑓水…その呼び名はよせよ。」
「あぁそうかい」
エレベーターのドアが閉まる。体が少しだけ浮く感じを覚える。比較的大きい閉鎖空間に二人きり。何故かゆっくり時間が流れた気がした。
「……鑓水…プレゼンどうだった?」
「さあな。だがお前らは上手くいったんだろうな。」
「そうでもないさ。」
「謙遜ご苦労。だが一つだけいいことを教えてやる。」
「…何を?」
「ここの研究者同士やらお前みたいな天才野郎達は変な関係になったりはしないことだな。」
体が震えたようだった。俺はこいつの言葉に動揺してしまったのか?
エレベーターは幸か不幸かどこの階も止まらずに1階にたどり着きゆっくりとドアが開く。あいつが出てゆく背中を見て俺は訊いた。
「何が言いたいんだ鑓水」
あいつは振り返らずに答えた。
「そんなつまらねえこと自分で考えろ」
そう言われた俺は何故か何も言い出せなかった。
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