邂逅

そんな事を急に思い出してしまった。懐かしさよりも怒りと、何よりも喪失感を覚えた。だがこんな所で止まっていても仕方がない。俺にも片付けないといけない仕事があるのだ。サッと俺は便箋を茶封筒に入れ、さり気なく立ち上がりシュレッダーにかける。

「先輩…どうしたんですか?」

「あぁ…これは要らないやつでな。まあ気にしないでくれ」

「そうですか。」

酒々井が聞いてきたが適当にやり過ごす。そして来てほしくもない昼がやってくる。


俺は「13:00に18階のK会議室」の文言の下、きっちり社会人として12:50分に着いた。既に会議室の前には少し若めの秘書らしき輩が立っていた。これは何処の回し者か、と考えている内にいると相手から来た。

「中で室長が待っております。どうぞ。」

昔の事があるからか顔は割れているらしかった。

秘書らしき輩に開けられた扉に誘われるままに入る。


「さあさあ…どうぞ座って。」



中には見たくもないあいつが居た。




「鑓水…久しぶりだな」


俺は最大限の憎しみを持ち言った。


まるで2者面談の様な感じで長机2脚を挟み、鑓水と向かい合う。

会議室の厚い扉が閉まってから数秒の沈黙があった。


「……さてな。まあここに来てると言う事は…まあ手紙が渡ったと言うことだろうな。」

「あぁ。もらって読んださ。もちろんシュレッダー行きだけどな。」

「あーな。別に入れてもらっても構わねえよ。」

鑓水は少し笑った。俺はそれが少し気に食わず話を進めた。

「…で?なんの話をするんだよ。なんだ?お前が第1の室長だから偉いとかそういう話がしたいのか?それともなんだ?俺はクビだっていう話か?」

「違うな。お前なら予想なんてとっくについてるだ?なあ天才さん。」

「………やっぱり宇宙エレベーターか。」

「それだな。でもなぁ…実は本題は同じようで別なんだよ。」

そう言うと鑓水は自身のポケットから1枚の手紙を取り出した。あいつは見せびらかすかの様に人差し指と中指で挟む。

「これ。見てわかるように手紙。お前宛だから。」

そう言うとあいつは俺に手紙を差し出す。

「…外には俺宛としか書いてない…と。透かしても……これ一体差出人は誰なんだよ。」


鑓水は躊躇いもなく答えた。


「沓掛の母親だ。」


俺は一瞬こいつが何を言っているのかが分からなかった。

くつ…か…け…?なんで今…沓掛のことを。それで本当にあの沓掛の母親なのか?そんな疑問が頭の中をぐるぐると回ってゆく。

「…冗談はよせよ。」

「なあに嘘なんかつくものか。こんな大層な冗談俺はつきたくもないな。」

「冗談、なんだろ。今更そんな事が…」

「そんな事で嘘と。どうやら俺が知らないうちにどうもお前は落ちぶれちまったなぁ!あいつの1人位で何をやっているんだよお前は!」

鑓水は机を強く叩く。

「…あぁ…そうだな。俺は落ちぶれたよ。…だがよぉ。人ひとり位だと…!何をフザケたことを言ってるんだ鑓水!」

俺はあいつの胸ぐらを掴んで怒鳴った。だがあいつの表情が1ミリたりとも変わることは無かった。昔と同じ冷徹な表情だった。

「…何を言っているんだよ鑓水。」

「…それはこっちの台詞だ。お前こそ頭を冷やせよこの大馬鹿野郎」

鑓水は少し強く言った。

「沓掛はもう3年前に死んでるんだ。お前だって分かってんだろうがよ」

俺は胸ぐらを掴むのをやめた。いや違う。掴めなかった。腕に力が入らなかった。

「お前はよぉ。そんなのを出汁に使って自分が弱くなった事を黙認してるんじゃあねえのか。」

俺は反論が出来なかった。そんな事微塵も思ったことも無かったのに。

「まだ沓掛が死んだことを見てみぬ振りをしているんじゃないのか?それが受け入れられなくて逃げているんじゃないか?」

「…俺は…まだ…そんな…」

「答えられないんだろ。だったら暗に認めてると同意義だ。そもそもお前みたいな天才野郎様には分からねえだろうけどなぁ…!」

強い口調で話す鑓水。

「お前は沓掛に依存しすぎていたんだよ。」

「依存…だと?」

「あぁそうさ。お前は親以外に頼れるやつはいたか?」

「…居なかった。そんなやつは。」

的確に当ててくる鑓水に、もはや俺は答えるしかなくなっていた。

「だろうな。俺もそうだったから分かるさ。だから沓掛はお前にとって頼れる存在だった。でもな。それがだめだった訳だよ。」

「だめだった…?」

「お前は多分そいつを友達以上に思っていた。ならこんな事にはならなかったはずだ。一線を超えちまったんだよお前は。」

「…そうかよ」

「やっと気づけて良かったな天才科学者バカヤロウ

鑓水はため息をつき話を続ける。

「……こっちとしても昼過ぎやる気削がれて大変なんだよ。その手紙は帰りにでも読んでおけ」

俺は無言でズボンのポケットにしまう。それを読んだかのように鑓水がまた話しかけた。



「…次は宇宙エレベーターだな。」

「…なんだ?呼び戻すってんならこっちから願い下げだが」

「調子乗るな。…それで確かお前らがあの長ったらしい名前のエレベーター駆動方式を提案したんだよな?」

俺は思い出す。あの日の記憶を。

「ローレンリニアのことか?それなら俺と…………沓掛がな。」

鑓水はまた別の紙を机上に出した。今度は手紙ではなくただの紙だった。

「…お前も一応関係者だろ。これがお前だけ貸し切りの試乗券だ。別に使わないなら使わないでいい。でも使うんだったらお前の部署の宮古を通じて出せ。」

「なるほどねぇ。貸しきり…か…」

「別に他人呼んでも構わねえよ。」

そうかと言う代わりに俺は小さく頷く。

「じゃあこれで話は終わりだ。」

「ああそうかい。」

2人とも立ち上がり、扉の前までゆっくりと進む。

「じゃあな。お前とは分かり会える気がしないよ。」

「それはこっちのセリフだ鑓水。」

そして俺は会議室を出て第24研究室へと戻る。ただ、戻る前に俺は廊下にポツンと佇むベンチに座り、沓掛の母親から預かったと聞かされた手紙を開く。

[お久しぶりです。このように連絡をとるのは鈴の葬式以来でしょうか。少しだけ私はあなたに隠していた事がありました。実は鈴が亡くなる前に"宇宙エレベーターが完成する直前くらいで渡してくれ"との事だったので連絡をさせて頂きました。支障がなくご予定がない日が有りましたらご連絡下さい。]

「あいつが…俺に…?」

俺はすぐさま電話をして、会える一番近い日に会う約束を取り付けた。




あいつが会議室を出た後、鑓水は窓の外を見ていた。

「……3年かよ…もう……」

静かに過ぎる時を追い越すようなあの出来事は、まだまだ近い様にも感じていた。

後ろからノックする音がした。

「…どうぞ」

「鑓水様。次のご予定をお伝えします。」

扉を開けて入って来たのは秘書だった。

「ああ…」

「……あの…先程外で待機していましたが…何か怒号が飛び交うような…」

鑓水は少し悩んでから答えた。

「いいんだ。少し前の…同僚とな。」

「そうですか……」

そして静かな間を埋めるように鑓水は口を開く。

「…1つ願いがあるのだが良いか?」

「何でしょう」

「今から言う人と連絡をとってほしいのだが…」

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