研究所の端くれ
駅に着き、おもむろにポッケから定期を出し、改札に入る。いつもじゃ快速に乗っているが、今日は早いのですぐに来た各駅停車に乗る。
職場は電車で一時間ほどの所にある。駅から歩いて徒歩5分といったところか。
高いビルがそびえ立つこの街の一角には千歳研究所がある。この千歳研究所…略すところ千研は日本有数の大企業で、主に工学系を基礎とした研究を日々行っている。何個も研究室があるが、第1研究室というものが国家の一大プロジェクト・宇宙エレベーター計画を先導しているところだ。
俺が務めているのはそのビルの5階…第24研究室だ。
主に中小企業や個人が依頼してくる小規模の研究を行っている。
普通な方のエレベーターで5階へ上がれば、第24研究室は目の前にある。
俺は社員カードをかざし、ドアのロックを解除する。
中に入ると室長の宮古さんと後輩の酒々井がもういた。
「よう!お前は朝いつも静かだな!」
「ええ…まあ朝くらいはいいじゃないですか…?」
いつも通り熱い宮古さんをスルーしながら自分の席につく。
続けて宮古さんは話す。
「今日はこのメンバー以外いないからな。…そうだ、松葉は午後からな。」
「…はい」
「今日は皆研究会でな。」
昨日以上に暗い返事をして、今日分の資料を確認する。
今日も今日とてパソコンとにらめっこしながら作業をしようか。そんな事を考えていた時、横の席の酒々井が話しかける。
「先輩。俺たちにも大仕事入って来ませんかねぇ…やってみたいんですよ。」
「…そんな事を思ってるんだったらそれ相応のことがないといい部署にいけないぞ?」
「そうですよねえ…」
こんな2人の会話に思わぬ横槍が入った。
「おいおい何言ってるんだ酒々井。こいつはもともと……って……言ってもいいか?」
俺は少し悩んだ。だが断る理由もないことにも気づいた。
「…別に構いませんよ宮古さん。ただ俺自身から言いたくない…それだけですから。」
宮古さんはこうやってしっかり確認する所があるから人に好かれる。そういつも思っている。
「そうか…じゃあこいつはな…かの有名な第1研究室に居たんだぜ?」
「……え?だ…第1研究室!?あのエリートの!?先輩が!?」
「…そうだが…どうした?」
「お前は2年前だから知らないだろうけどな…こいつぁすごいぜ!」
「す…すげえ…」
多分こいつは驚きを隠せずに色々聞こうとしてる。だがそれをためらっている。そういう雰囲気が伝わってくる。
聞かれても困る。そう思った俺は取りあえず逃げることにした。
「…放っておいてくれ。それについては。」
俺はそう言うとパソコンと向かいあう。と、あることに気づく。ご丁寧に酒々井の死角に置かれた茶封筒。外面には俺の名前しか書かれていなかった。
(俺宛か…)
多分この茶封筒は来たときから。ではなく3人で会話しているときに宮古さんがさっと置いてくれたのだろう。
俺はこの紳士な態度に感銘を受けつつ、ゆっくりと封を開ける。
中には一枚の便箋が封入されていた。
俺は酒々井にバレないように開き、便箋を読む。
[お久しぶりだね。もう君がここを離れてから3年にもなるな。と言ってもその時はまだ室長では無かったがな。13:00に18階のK会議室に来てほしい。多分君なら察しがつくことだろう。久しぶりに“あの装置“について話し合おうじゃないか。]
[第1研究室 室長 兼 宇宙プラットフォーム研究会 副会長 鑓水]
あいつ独特の丸っこい字を見てで思わず紙を破きそうになった。中から怒りとも虚しさとも取れるような感情が湧き出てくる。多分"あの装置"と言うのは【宇宙エレベーター】のことだろう。
「…鑓水…!」
俺は小声ながらも力を込めて言った。
鑓水とは入社当時からの知り合いだ。鑓水は俺の2つ上だが、若くして第1研究室室長に抜擢され、今も宇宙プラットフォーム開発者として一目を置かれている。俺のかつてのライバルだ。今はもう敵である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます