第181話 勝敗が決まりましたわね

 神崎が最後に使い始めた魔道具は明らかに危険でした。柄ちゃんの魔力刃は光刃が当たったところは消滅し、防御不可なことはしっかりと伝わりました。そして、それを全身に装備していて危険極まりないです。神崎が自信を持って死角がないと言い張るだけのことがあります。


 ですが、わたくしには唯一の死角が見えますわ。わたくしにしか見えない死角。そこをついたら絶対に勝てる自信があります。なぜなら神崎は優しいから。




「かはっ……」




 神崎の戦術の真似をして隙を作り出し、正面から体当たりしました。逃がすつもりはないのでがっちりと襟元を掴んで馬乗りになります。神崎はわたくしを引きはがそうとして手を伸ばしましたが途中で止まってしまいました。


 わたくしの勝ちです。作戦通りですわ。散々手こずらせてくれましたわね。文句を言いましょう。そして、それ以上にたくさんお話ししたいことがあるのです。




「……泣くなよ」


「泣いてなんて、いないわよ……」




 話したいことがたくさんあるのに言葉が出てきません。神崎の顔をしっかりと見ることができて安堵したのでしょうか、涙が溢れ出てきます。神崎に泣き虫と思われないように泣かないようにしていたのですが、涙を抑え込もうとしても涙が零れ落ちてしまいます。




「だって……だって……あなたが優しいから……」




 この世界に来て初めて会ったあなたはわたくしを普通の人として扱ってくださいました。わたくしの過去を知っても普通に接してくださいました。それどころか、子供扱いしてくれて嬉しかったのです。それでいてダメなことはしっかりと叱ってくれて、たくさん褒めてくれて、とっても楽しかったですわ。




「この戦いでも……気を使ってくれて……」




 神崎の使った魔道具は最後の以外、全て怪我をさせないような作りをしていました。最後の魔道具も含めて、わたくしに直撃しないような軌道を取っていたことも知っていますし、わたくしが回避できるようにわざとわかりやすく動いていたのですよ。神崎が本気になればもっと凶悪な魔道具なんていくらでも作れるのに、そういうところで優しさが溢れているのです。




「優しすぎるのよ……あなたは」




 絶対に勝ちたい相手に怪我をさせないようにする人が優しくないはずありません。新たな戦術も一斉に使えばいいものを、わたくしに万一がないようにわざわざ一つずつ使ってくれる。




「本当に……おバカ」




 こんな優しい人に隣にいて欲しいと思うのは当然ではありませんか。わたくしがここまで我儘に意地を張ってまで望む理由は神崎が作り出したのよ? そして、わたくしの背中を押した言葉も神崎が言ったのよ? だから、わたくしは絶対に神崎を諦めませんわ。




「ねぇ、あなた。わたくしも一緒にいてはダメかしら?」


「負けた俺に拒否権なんかねぇだろ」


「違うわ。勝ち負けではなくて、あなたの本音を聞きたいの。わたくしはあなたと一緒にいたいわ。でもね、あなたを苦しめてまで一緒にいたくはないの。あなたが苦しむ姿はもう二度と見たくないから。あなたが嫌といえばわたくしは諦めてみんなのところに帰るわ」




 我ながらとてもズルい質問をするわよね。答えなんて聞かずともわかっているもの。神崎はわたくしと一緒にいるのが辛くないと言ったのだし、性格的にも根は真面目だから自身の考えを翻すような真似はできない。こんな小賢しい質問をするなんて嫌われないかしら? そっちの方が心配だわ。




「……」


「ねぇ」


「……はぁ……、アイナがいいなら一緒にいてもいい」


「まあ!」




 予測はできていましたが、本人の口から直接言われると比較にならないくらい嬉しいものですわ。言葉での表現は無理ですわね。嬉しすぎますもの。あぁ、でもまだ終わりではありません。神崎を幸せにしなければならないのですから。




「あなた、ここの次はどこに行くのかしら?」


「どこもなにも戻るんだろ?」


「あなたが嫌がることはしたくないのよ。だから、あなたと一緒に世界を見て回るわ」


「おいおい、それじゃあ……」




 神崎はわたくしの成長に人間関係が必要なことを心配しているのでしょう? 心配ご無用よ。ちゃんと考えてあるから。




「年に数回、実家に戻るような感じで帰るわ。その時、あなたはあの屋敷ではなくて宿屋に泊まればいいのよ。それならあなたは辛くないでしょ?」


「それは……そうだが……」


「世界を見ることも成長に繋がるわ。その上でみんなとの繋がりは切らない。これならあなたとわたくしの意見を両方実現できるわ」




 平行線が交わるのに片方だけが曲がる必要はないもの。つまりは妥協ね。わたくしだってただ我儘なだけではないの。成長しているのよ。


 わたくしの完璧なプランに神崎は少しだけ逡巡した後、諦めたように大きなため息を吐きました。




「何を言っても聞くつもりはないか……」


「あら? わたくしの意見以上の良案があるのかしら? 何かあっても臨機応変に予定を変えるから問題ないわよ?」


「つまりは行き当たりばったりね」




 変な言い換えをしないでくださいませ。わたくしにかかれば予定外な物事も早々に解決できます。行き当たりばったりとはわけが違うのです。


 こうしてこの戦いに決着がつきました。

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