第180話 お望み通り悪足掻きしてやる

 俺がどうしたいかだって? その上で勝つだって? ふざけんな。勝ち筋が潰えたことは認めよう。残りの魔道具じゃ窮鼠にもなれやしないことはわかってる。だが、俺は自分のことを話すのが大嫌いなんだ。自分の感情を言わされるのは心に土足で踏み入れられるようなもので本当に嫌なんだよ。




「あなたが自分のことを意識して言わないのは知っているわ。でも、わたくしは話したのよ? あなただけ知っているのは不公平じゃない」




 そういえばそうだったな。出会った翌日にアイナの辛い過去を話させたんだ、爽やか君が。不公平と言われたら確かにそう感じる。あー、もう! 何でこんなに感情をかき乱されるんだよ! イライラする! もうどうにでもなれよ。




「俺は……一人でいたいんだ」


「そうよね。あなたは他人と距離をとるもの。でも、あなたはお喋りが好きよね? おかしいわ。一人でいるのが好きなのではなくて、一人でいたいだけにしか聞こえないわ」




 何でアイナはこんなに聡いんだ。アイナの言う通り、俺は元々会話が嫌いではない。昔いろいろあって人間が嫌いになったんだ。




「一人の方が楽だ。疲れない」


「わたくしと一緒にいる時は疲れるの?」


「うっ……」


「うふふ、意地悪言ったわ。あなたは相手が傷付くような言葉を簡単に口に出さないものね。本当に優しい人」




 やめてくれ。俺が優しいとかあり得ない。それに、悪口を言わないだけで頭の中では山ほど言っている。アイナの思っているような聖人とはかけ離れた愚人だ。


 アイナとの会話で俺の心がぶれていることは素人でもわかるだろう。確実に気杖を振るう力が弱くなっている。しかし、アイナもそれに合わせて手加減しているようで、今だに打ち合いが続いているのだ。




「……アイナと一緒にいるのは、辛くなかった」


「あら! 嬉しいわ!」


「それでも、俺は一人でいたい」


「そう……」




 悲しそうな顔しないでくれよ。アイナは強いし信頼し合える人たちがいるだろ? 俺は信頼するのが怖いんだ。信頼すればするほど恐怖もどんどん大きくなる。だから、嫌なんだ。


 自身の感情を再確認した俺は気合を入れ直す。そして、アイナの剣を大きく弾いた。




「俺は自由に生きたい。そこに他人が入るスペースなはい」


「……あなたの言い分はわかったわ。そして、やっぱり相容れないことも」


「で、アイナは諦めてくれるのか?」


「まさか。そのスペースを作るだけよ」


「言うと思った」




 何処まで行っても傲慢そのものだな。嫌いではないけど。ここからは意地の張り合い。勝った方が総獲りだ。だから、全力で足掻かせてもらおうか。


 俺はここに来て新たな魔道具の解禁を決意した。使わなかった理由は殺傷能力が高すぎるから。アイナに万一を考えて使わなかったが、これだけ力量差があれば大丈夫だろう。




「アイナにとって最高の環境でも俺にとっては最悪の環境さ。全員が俺の上位互換だからな。嫉妬に魅入られた俺が耐えられる環境じゃない」




 どこを向いても俺よりできる人ばかり。俺はいてもいなくても変わらない存在だ。自分のいる必要がない場所に戻るだけで寒気がする。そして、彼らはいい人間なのに、それに嫉妬に狂って見苦しく逃げた俺自身に吐き気がする。


 俺の激情を乗せた攻撃はアイナに軽々と受け流され、アイナは俺の側面に回る。死に体を晒す俺にアイナは手加減なしで攻撃するつもりのようだ。しかし、今の俺に死角はないのだ。




「肘から……!」


「躱すか!」




 俺の右肘から光の柱が飛び出た。それは数秒で消えてなくなったが、アイナが警戒するには十分だったようだ。




「なんて威力……」


「対消滅光刃、またの名をビームサーベルもしくはスパラグモスと言う」


「物騒過ぎるわ」




 あのムカデワニのブレスを圧縮して超高火力にしたものだ。照射時間と射程距離が極端に短いが、火力だけは世界最高峰らしい。それを俺は全身に装着している。




「これを食らえばタダでは済まんぞ。それでも来るか?」


「当然よ」




 その威力を目の当たりにして尚、ノータイムで返答するとは恐ろしい。アイナも本気のようだ。俺も覚悟せねばならんな。


 俺はアイナに決定打を打ち込むチャンスを探り、アイナは光刃の攻略法を考えながら戦闘が進む。




「回避しか選択肢が取れないのは面倒ね!」


「残念ながら俺に死角はない!」




 アイナは様々な方向から攻撃を仕掛ける。しかし、俺は肘から、肩から、背中から、膝から、足先からと光刃を発生させてアイナに対抗した。アイナがどれほど頑張ろうとこの攻撃は防ぐことができないし、万一にも当たるわけにはいかないので回避も必然的に大きくなる。




「あなたの攻撃も当たっていないのだけれど?」


「それはアイナもだろう?」


「いいえ、当てるわ」




 アイナの宣言と共に僅かな時間の拮抗は崩れたのだった。アイナが俺の周囲を高速で移動して攪乱する。俺は神経を研ぎ図ませて反撃のタイミングを計っていた。そして……。




「左後方からっ!」


「正解だけれど残念ね」




 アイナは身体を捻って光刃を避けて俺の真横を通り過ぎた。その行動に俺は疑問を感じてしまい僅かな隙が生じてしまう。一方のアイナは俺の正面に回ると、シールドを足場にして俺に全力で体当たりをしてきた。かつて俺が使った戦術を使ってきたのだ。




「かはっ……」




 地面に倒れた俺の肺から空気が押し出され、体当たりの勢いで地面に跡をつけながら停止する。身体を動かそうにもアイナが俺の上に乗って押さえつけているらしく持ち上げることができなかった。急いでアイナを引きはがそうとした時、アイナと目が合った。そして、俺は引きはがすのを止めた。アイナが泣いていたのだ。

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