第179話 わたくし我儘なのよ

「わたくしに勝つ方法としてはいい線いっていたわ。でも、少し優しさが過ぎるようね。五体満足な状態では箱入り娘にしても、わたくしはその箱を易々と壊してしまうのよ」


「……随分とお転婆なことで」


「あら、あなたがわたくしをここまでお転婆にしたんじゃない」




 あなたがわたくし自身のために目標を立てろと言ったはずですわ。わたくしはわたくしのために全力で行動しているに過ぎません。その目標を立てるに至った元凶なのだから諦めてくださいませ。




「人魔一体はもう使用できませんわね。魔道具も品切れでしょう? かと言って真正面からわたくしに勝てると思うほどあなたは愚かではない。いわゆる詰みですわ」


「……それはどうだか」


「いいえ、あなたは何かを誤魔化すときに一瞬目を逸らしますもの。ほら、また目を逸らした」




 これは神崎の癖でしょうか。たぶん本人も気がついていない癖なのでしょう。顔に「俺ってそんな癖あるの?」と書いてあります。……よく考えると指摘しない方がよかったのかもしれません。癖を矯正されると面倒なことになりそうです。強がってダメージを隠したりとかしそうですわ。




「はぁ……、しゃーないか」


「諦めてくださるの?」


「そんな人間に見えるか?」


「いいえ、わたくしの知っているあなたは卑怯や姑息と言われる手段を使っても勝とうと足掻きます」


「わかってんなら話が早い」




 ええ、神崎は一方的な殲滅も平然としますし、魔道具などを大量に使って完封します。格上に手も足も出ない状況でもそれをひっくり返して勝利しました。わたくしの前では神崎は強いのです。


 神崎が魔力刃を発生させて構えました。わたくしも剣を構えます。ですが、わたくしも学びました。神崎に勝つにはわたくしのペースを押し付けることが一番簡単です。




「ルシファー、嫉妬と遊んであげなさい」


「心得た」




 まずは神崎の戦略の幅を減らします。嫉妬の魔王を神崎は上手く使っていました。これだけでも取りうる手段が減ることでしょう。


 ルシファーと同時に突撃し、ルシファーがその勢いのまま嫉妬の魔王と鍔迫り合いをして森の奥に消えていきました。神崎は小さく舌打ちをしてわたくしと剣を交えます。




「これで邪魔者はいなくなりましたわ。後はあなたが満足するまで戦いましょう」


「ハッ、傲慢らしい言葉を使うようになって!」




 神崎は血気盛んに武器を振り回します。神崎の持つ武器はとても興味深く、時に槍となったり剣となったり、はたまた鎌になったりと変幻自在です。しかし、残念ながらどれほど多くの武器を使えても同時に使用できず、神崎一人しか相手にしないならばその切っ先がわたくしに届くことはありません。




「なぜ本気で戦わない?」


「本気よ? あなたに完全勝利するために全力を尽くしているわ。あなたが負けを認めるまでずっと付き合うわよ」




 頭ではわかっていても神崎は負けを認めようとしません。だから、神崎に「負けた」と言わせなければ勝てないのです。ある意味でこの戦いは意地の張り合いなのでしょう。そして、わたくしは絶対に勝ちます。




「足元に魔法陣を形成しようとしても無駄。光学魔法陣もその尽くを対処するわ。近接戦闘は言わずもがな。後は魔道具だけよ?」


「くっ……」




 歯を食いしばった神崎は槍型魔法陣を作り出しました。よく見ると槍だけでなく様々な形の武器があります。その数はざっと20を超えるでしょう。しかし、それらを精密操作できるとは思えません。できるなら既にしているでしょう。




「高速発射なら大量に扱える!」




 神崎の背後に展開された武器型魔法陣がわたくしに向けて射出されました。単純ですが、それ故に脅威です。人魔一体は解除してしまいましたが、この戦闘で強くなった今のわたくしでも危ないでしょう。


 でも足りないわ。




「この攻撃の性質上、軌道修正はほぼできない。そして、武器の向いている方向を見ればどこを狙っているのか推測するのは容易いわ」


「普通はできねぇと思うけどなっ!」


「あら、わたくしを普通だと思っていたの?」




 うふふ、知っていますわ。神崎の目に映るわたくしはとても賢い普通の子供という認識でしょう? 神崎はわたくしが何をしようと年相応の子供として構ってくれる。そして、必要な時は一人の人間として扱ってくれる。それがわたくしにはとても新鮮で嬉しかったのよ。わたくしの過去を知り、素を見ても距離を置くことがなかった神崎がどれほど大きな存在だったかわかるかしら?


 わたくしは武器の雨を悠々と搔い潜り神崎に攻撃を仕掛けます。




「あなたではわたくしに勝てないわ。実力でも、感情でもね」




 必死になってわたくしの攻撃をいなしている神崎に反論する余裕はないようです。ですから少しだけ攻勢を弱めました。神崎の言葉が、神崎の感情が聞きたいのです。何も言ってくれないのでは神崎の想いを知ることができないのですから。




「ねぇ、あなた。あなたはどうしたいか教えてちょうだい。でなければわたくしが完勝できませんわ」


「……本当に……!」




 神崎の動きが変わりました。珍しく感情を全面に出しているようです。しかも、怒りの感情を。ならば、わたくしはしっかりと受け止めるのみですわ。そして、勝ちます。

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