第176話 全てを凌駕して勝つ。それだけだ

 あー、やっぱりね。それが俺の抱いた感情だった。人魔一体のスキルはほんの少し隙ができるらしいので距離をとった。そこまではいい。問題はアイナも人魔一体をしたことだ。




『攻撃しねーのか? 隙だらけだぞ?』


『しない。アイナも人魔一体ができるならそれに勝つ』


『意味わからねー意地張ってると負けるぞ』


『うるさい』




 人魔一体を発動したこの瞬間こそ最大のチャンスだ。それはわかっている。しかし、そこを攻撃して勝っても何か違う気がする。そうだな……、アイナの全力に打ち克って、二度と俺のところに来るなんて愚かな真似はしないようにわからせなければならないんだ。そういうことにしておこう。




『面倒くせーやつだな。言い訳が欲しいだけだろ。全力で戦って負けたなら仕方がねーってな』




 男にはメンツがあんだよ! あんな別れ方をしておいて、いざ迎えに来てくれたらホイホイついていくような真似はできねぇ。全力を出し切って、その上で負けてようやくケジメがつけられるのだ。




『自己満足に他人を巻き込むのかよ』


『一人でいたいのも事実さ。だから戦うんだよ』


『あっそ』




 脳内会話は便利だなぁ。ほんの一瞬だけでこれだけ会話ができるんだもの。で、アイナは正気かな? あ、笑ってる。正気だな、あれは。




「待っていてくれるなんて優しいのね」


「紳士だからな」




 アイナは悪戯っぽく笑う。その背中には漆黒の羽が6枚生えていた。すごい似合っていると思う。そもそも、ああいう状態は間に合わないのが世の常なんだよなぁ。




『オメーにも生えてるぞ』


『マジ?』




 ほ、ホントだー! レヴィアタンみたいな羽が生えてやがる! 気がつかなかった。へー。


 ひっそりと驚いてから俺はアイナに向き合った。ここからの戦いは未知数だ。人魔一体状態での全力戦闘なんて精神汚染のリスクもあって練習できなかったのだから。そんな未知数の戦いの火蓋は互いが示し合わせたかのように動くことで切られた。




「人魔一体ってすごいわね。これまでの戦いがおままごとの様だわ」


「ハイリスクハイリターン。奥の手として相応しいだろ?」


「精神汚染とは恐ろしいわ。短期決戦といきましょう?」




 戦場は空中へと取って代わり、俺たちの武器が振るわれるたびに溢れ出る魔力が意図せずに飛ぶ斬撃となって繰り出される。それらは木々をなぎ倒し、大地に深い傷跡を生むほどに強い。武器がぶつかれば衝撃波が走り、地面が捲れ上がる光景が繰り広げられた。


 これでも互角か……。俺は一回とは言え使ったことがあるからアドバンテージがあると思っていたが、そうでもなかったな。前回と使い勝手がまるで違う。荒れ狂う力を制御しきれていない気がする。……よくよく考えると、前回は力をぶつけるだけだったわ。そりゃあ使い勝手が違うわな。




「考え事?」


「まぁな。こんなことならこのスキルの練習をしておくべきだった」


「しなくていいわよ。こんな危険なスキル」


「危険だからこそ知っておかないといけないんだ」


「それで失敗したら元も子もないわ」




 心配してくれるなんて優しいなぁ。でもどうせなら恐ろしい速度で振り回される剣を下ろしてくれないかな? マジ怖いんだけど。


 俺はのけぞる様に柄ちゃんの魔力刃を避ける。視界の端で飛ぶ斬撃を受けた木が木っ端微塵に粉砕されたのをしっかりと捉え、俺の肝は氷河期並みに冷える。そんな俺を余所に、アイナは優雅に笑い始めた。




「うふふふふ。こんなに強くなっているのに戦える相手がいるなんて思わなかったわ。でも、あなたはまだ奥の手を持っているのでしょう?」


「……ご明察だな。奥の手が1つだという決まりはない」




 やっぱりバレてるか。ま、俺の強みは多彩な魔道具や戦術だ。近接戦闘を鍛えたのは今みたいな状況でも負けないため。決して近接戦闘で勝てると思い上がるほど俺は馬鹿じゃねぇ。


 俺はアイナと切り合いながら光学魔法陣を起動する。しかし、それらはこれまでのような円盤型―通称丸鋸ではない。魔法陣のスキルレベルが上がって自由な形の魔法陣を作れるようになった俺が作るのは一味違う。




「魔法陣の……槍?」


「大正解。防いでみなよ」


「これくらい……!」




 アイナは1本の槍型魔法陣にシールドを張って対抗する。丸鋸はシールドを高速回転させているだけなので、余程の魔力差がない限り対消滅するが槍型魔法陣は違う。




「貫通した!?」


「驚くのはまだ早いぞ」




 槍型魔法陣の最大の特徴は一部のスキルが乗るということだ。今アイナと打ち合っている槍型魔法陣には俺の槍術スキルが乗っている。するとどうなると思う? 答えは簡単だ。操作精度と威力が向上する。たったそれだけだが、それが脅威となる。




「人間には不可能な動きで弱点に的確に高威力の攻撃をしてくる敵。弱いわけないわな。ほら、追加だ」


「本っ当に要らないわよ!」




 計8本の槍型魔法陣がアイナに襲い掛かる。人間なら身体が干渉してしまうが、槍だけなら話は別だ。さらに、スキルが乗る光学魔法陣は光源では打ち消せないという特徴もある。レヴィアタン曰く魔力が干渉し合うのをスキルが防いでいるとか何とか言っていた。




『順調だな』


『まさか。アイナはこういう状況を簡単にひっくり返す。それに、俺の方も余裕はないし』




 槍型魔法陣の弱点は魔力消費が激しいという点だ。自分自身の錬成と魔道具の製作などでカートリッジが心もとない。できれば早期決着が望ましいところだ。


 でもさ、そんな上手くいくわけねぇよなぁ。だからもう少し時間を稼がねぇと。

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