第171話 わたくしは自分の道を進みますわ

 神崎が距離をとりました。見え見えの罠でしたので深追いはせずに観察です。前哨戦は引き分け。ここからが本番ということを鑑みればわたくしが不利というところかしらね。




『主とここまで戦えるとは……恐ろしい人間だ』


『まだまだ序の口よ。神崎の恐ろしさはステータスじゃない』




 これから何が出てくるのか、どんな罠が待ち構えているのか、きっと想像以上のものなのでしょう。それを対処しなければならないのです。一歩間違えばわたくしの負けでしょう。


 神崎の挙動を見逃さないように注視していると、神崎は何やらこぶし大の何かを取り出しました。




「気をつけろよ」


「言われなくても」




 わざわざ心配してくれるなんて優しいわね。どうせならその手に持っているものは仕舞ってほしいのだけれど。


 わたくしのお願いは届くことはなく、神崎はそれを放り投げました。それもいくつも。球体のそれは、かつて神崎が見せてくれた毒をばら撒く手榴弾に酷似しています。何か危険な香りがするので破壊してしまいましょう。




「……! 壊れない!?」


「おいおい、そんなに驚いてどうしたよ?」




 わたくしはファイアランスで球体を打ちましたが、球体は溶けることなく放物線を描いて落ちてきます。神崎は揶揄うようにそう言いながらまだまだ投擲してくるのでした。




「おかわりもあるぞ」


「いらないわよ!」




 わたくしは火力を高めたファイアピラーを放ちました。これでようやく破壊できるほどの代物をポンポン投げないでください。迎撃が大変です。


 どうしたものでしょう? あの球体を放置するわけにもいかず、かと言って両手を使って投げている神崎は確実に罠でしょう。しかし、このままでは埒が空きません。少し強引にでも神崎をこちらの戦場に引きずり出さなければなりませんわね。




「そう来ると思ってたよ」




 わたくしが地面を蹴った瞬間、神崎はそう言って何かが鎖の繋がった鉄球を取り出し、わたくしに向けて放り投げてきました。球体の時とは比較にならないほどの速度で向かって来るので相対速度はさらに速くなります。しかし、避けても同じことを繰り返すだけになるのは目に見えていたため、わたくしは正面突破を選びました。向かって来る鉄球を切断して活路を切り開き、同じくしてわたくしも目を見開きました。




「プレゼントだ。受け取ってくれ」


「本っ当にいらないわよ!」




 中にはあの球体がぎっしり詰まっていました。多少の毒なら自前の耐性で何とでもなりますが、この量は流石に耐えきれないでしょう。少しでも球体の数を減らそうと、わたくしは両手の剣を振りかぶった時、神崎の方向から何かが急速で接近してきました。




「自身に敵意を向けられないと、なかなかわからないものだろう?」


「この……!」




 先端はマジックハンドのようにものを掴めるような構造になっているソレは、わたくしの手をガッチリと拘束してきます。これでは迎撃も逃走もできません。振りほどくにも少しだけ時間がかかるでしょう。わたくしの大きな隙を晒している間に球体は毒を周囲にまき散らしました。











 さて、ここからどうしようか。俺は袖から出ている細いワイヤーを回収しながら考える。あ、今回収しているのはワイヤー付きマジックハンド。所謂スラッシュハーケンだな。手首に装着している魔道具の一つさ。




「上手くいったなぁ」




 アイナに投げていた球体は手榴弾……ではなく、形だけそれっぽくしただけの代物だ。記憶力のいいアイナなら勝手に誤解してくれるだろうと思って似せて作った。これならアイナの足止めをしつつ、こちらの罠に飛び込んでくれるように誘導できると考えたのだ。そして、想像以上に上手く罠に嵌ってくれた。これで俺の勝ちだ。と、言いたいところなんだけどなぁ。




「アイナ、寝たふりはもっと丁寧にしなさい」


「あら? バレちゃった?」


「アイナは立ちながら寝るような子ではないからな」


「もう!」




 仁王立ちで寝る幼女がいてたまるか。弁慶もびっくりだわ。


 どうやら戦いは続くようだ。











 あらあら、見透かされてしまいましたか。せっかく策略に乗ってあげたのに残念だわ。でも、立ちながら睡眠するような甘い策は通じませんか。




「この数の状態異常に耐性があるとは思わなかったぞ」


「この装備のおかげよ」


「村正さんか。いいものを作る人だ」


「村正さんだけではないわ。わたくしに皆さんが力を貸してくださったの。あなたが戦っているのはわたくしだけではないわ。あなたを心配する人全員があなたの前に立ちはだかっているのよ」




 もしわたくしだけの力しかなければ現時点で負けていたでしょう。しかし、わたくしは立っています。神崎が大切と判断した他人との繋がりによって。


 神崎はそれを聞いて苦虫を噛み潰したような顔をしました。神崎にとっては皮肉な結果でしょうから当然です。




「はぁ……、良かれと思ったことが一斉に跳ね返ってきやがる。だが、俺の考えが正しいことも証明された。アイナはやっぱりあそこにいるべきだ」


「それはわたくしが決めることよ。さあ、あなた。ここからはわたくしの番ですわ」


「ほう? 言ってくれる」




 皆さんの力を借りて反撃といきましょう。

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