第170話 みんなのところに帰りなさい

 俺はアイナと対峙している。気配から伝わる強さはムカデワニ以上だ。どうやってそこまで強くなれるのかわからないが、たぶん迷宮都市のダンジョンを一人で制覇とかだろう。あそこはまだ未踏破だったはずだから、下層には強い魔物が蠢いていたに違いない。




「アイナ、何しに来た?」




 わかりきった質問をぶつける。迷子になってここまで来たとかではないだろう。そうあってほしいが絶対にないと言いきれる。それくらいは俺でもわかる。




「あなたに会いに来たのよ。そして、わたくしの願望を叶えにも来たわ」




 やっぱりか。そして、願望は俺と一緒にいること、だろうな。だが、それはダメなんだ。アイナが幸せな生活を送るにはみんなのもとにいた方がいい。


 俺は複雑な感情を抑え込み、努めて冷淡な口調で言葉を発する。




「アイナ、帰りなさい。それが2人にとって一番いい結果になる」


「ふざけないで。わたくしにとっての最良はわたくしが決めるのよ。それはあなたであっても許されないわ」




 全くもってその通りだ。本人の幸福は本人が決めること。そんなのはよく知っている。だが、アイナには見えていない観点がある。




「アイナは賢いが子供だな。目前の幸せのために未来の最良を捨てるところが」




 子供がゲームばかりして勉強をしないのと一緒だ。勉強は確かに面白くない場面も多い。しかし、人生においては勉強の方が有利に働く。知識はもちろん、勉強を継続してできるということや、誘惑を振り切れる強さも学べるのだ。




「知っているわ。いいえ、あなたのおかげで知ることができた。他者との繋がりの大切さを。あなたがわたくしの記憶を封印してまで皆さんのところに残そうとしたのかを」


「なら……」


「でも、お断りよ。わたくしは押し付けられた善意なんて要らないわ。わたくしは欲しいものは自分で全部手に入れるの」




 その言葉は正に傲慢の権化。傲慢の魔王を従えるだけの素養はあるようだ。そして、俺の考えとは交わることがないのも理解できた。




「わたくしはあなたと一緒にいると決めたわ。そして、皆さんとの繋がりも切らない。これで完璧よ」


「俺の感情は無視するんだな」


「あら? あなたの気持ちは聞いたことないもの。嫌なら嫌と言いなさい。でなければ分からないわ」




 傲慢で正論で……本当にアイナは……。俺の行動が首を絞めているだけか。俺のはっきりしない態度が巡り巡って俺を追い詰める辺り、俺は学習をしないらしいな。だが、もう自覚した。なら結論は一つだ。




「俺は戻らない。そして、アイナはあそこに戻る。それだけだ」


「平行線ね。残念だけれど」


「残念と言うならもっと悔しそうな顔でもしたらどうだ? 笑顔では説得力がないぞ」


「あら? 笑顔なのはあなたもでしょう?」




 マジかよ。俺、笑ってたのか。一体何が嬉しいんだか。まあいい。こうなることは二人とも想定内だったようだ。ならば、次はどうなるかも予想通りに違いない。




「あなたも同じ意見でしょう?」


「そのようだ」




 互いに武器を取り出す。古今東西、意見の相違で譲歩できないのならやることは一つだけ。人間ってのは進歩しないものだな。勝てば官軍負ければ賊軍、実に原始的でわかりやすい。




「こうしてあなたと戦えるとは思ってもみなかったわ」


「同感だ」




 これまでは互いに立ち位置が違い過ぎた。アイナは強すぎて、俺は弱すぎる。背中を預けるどころか、正面からぶつかれるようになるとは誰が予期しただろう? あの神ですら予想だにしなかったに違いない。




「手加減はしないぞ」


「要らないわよ。あなたの全力をわたくしは越えるだけだから」


「言ってくれる」




 相変わらずだ。さて、今の俺が何処まで通用するのか楽しみだ。


 俺とアイナは示し合わせたかのように同じタイミングで行動に出た。互いの武器がぶつかり合い、その時に発生した衝撃波で土煙が舞い上がる。ほんの一瞬だけの拮抗。次の行動に移ったのはアイナだった。




「まさか、ステータスで押し負けるとは思わなかったわ」


「嘘をつけ」




 あの一瞬で力負けすることを悟ったアイナは力任せの戦闘から技術を乗せた戦法にシフトチェンジした。俺の攻撃をいなし、躱し、逸らせる。これまでの俺たちとは立場が逆転していた。




「あなた、戦術が劣化したんじゃない?」


「アイナこそ、鍛錬を怠っていたんじゃねぇか?」




 互いに軽口を叩きながらも俺はアイナの分析を進めていた。そして、一つの結論にたどり着く。それは、このままいけば俺は負けるというものだ。


 アイナの一番の強みはステータスでもなんでもない。その圧倒的学習能力だ。今この瞬間にも恐ろしいペースで俺のステータスに順応している。俺との戦いが経験値となっているのだろう。このまま長期戦になったら俺なんて簡単に追い抜かれるな。




「仕切り直しといこう」




 俺は半ば強引にアイナとの距離をとる。隙を見せることになるがカウンターの手筈も整えてあるので寧ろ追撃をしてほしいくらいだ。しかし、アイナはしっかりと立ち止まって追撃をしてこなかった。




「せっかく盛り上がっていたのに」


「前哨戦で燃え尽きるのも違うだろ」


「それもそうね」




 前哨戦はギリギリ引き分けといったところか。さて、次からは俺のターンだ。

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