第169話 決着をつけましょう

 迷宮都市を出たわたくしの歩みに迷いはありませんでした。目的地に向けて寄り道せずに向かいます




「それで、主はどこに向かっているのだ?」


「神崎のいるところよ」


「居場所がわかるのか? 誰も知っている様子はなかったが……」




 それはそうでしょう。わたくしも推測しただけで、知っているわけではありません。ですが、あの場所にいるという確信めいた感覚があるのです。




「魔王スキルには記憶の封印以外にも抹消や改竄もできるわ。でも、神崎は敢えて封印を選んだ。理由はわからないけれど、わざわざ破られる可能性のある封印を選んだのよ」


「魔王スキルを破れる人間など普通はおらぬ。主が異常なのだ。神崎という人間も主が封印を破れると考えていなかったのではないか?」


「それはないわね。神崎は相手を侮るような真似はしないわ。念には念を入れて周到に準備する人間よ。それに、一番近くで見ていたわたくしを見くびるような浅慮な人間でもないの」




 準備を怠らず、もしもの備えをしっかりと整えるからこそ神崎は命の危機をくぐり抜けてこられたのです。それは一番近くで見ていたわたくしが知っています。そんな人がわたくしを甘く見るでしょうか? 見るわけありません。きっと、これはわたくしに対する挑戦状なのでしょう。




「わたくしが封印を破ると予想しておきながら神崎が何も手を打たないわけがありません。わたくしが強くなることを見越して神崎も強くなろうと努力するはずです」


「嫉妬の魔王が努力? 才能がないが故の嫉妬が努力してもたかが知れている」


「そんなのだからわたくしに負けるのよ」




 才能のなさも知っています。そして、何らかの方法でレベル上限を上げて非常に強くなっていることも。そして、一回強くなったのならば二回目もあると考える方が普通です。更に強くなっているに違いありません。




「神崎は努力をする人よ。今まではその努力に才能がついてこなかっただけ。もし、才能が追い付いたのなら神崎は恐ろしい努力をするでしょう」


「信じられぬ」


「信じるかどうかは任せるわ。その神崎が強くなるための対戦相手としてお誂え向きな存在を一つだけ知っているのよ」




 この世界に来た時、わたくしたちに圧倒的恐怖を刻み込んだ魔物。わたくしでさえ当時は勝てないと直感で感じたほどの強敵。わたくしたちがあの場所から出ていくことになった元凶。




「まさか……アレのことを言っているのか?」


「知っているの?」


「……知っている」




 なんと、ルシファーはかつて空飛ぶ即死トラップと戦ったことがあるそうです。その結果は惨敗。傷一つ付けることができずに器だった人間は殺されたらしいです。




「アレは規格外の魔物だ。アレに勝てる存在など神くらいしかおらぬ」


「そうかしら? 今のわたくしなら勝てそうだけれど」


「主の全力は計り知れぬ。よしんば勝つこともできるだろう。しかし、嫉妬では不可能だ」


「頭が固いわね」




 ルシファーは信じていないようですが、わたくしは可能だと考えます。いいえ、違いますわね。可能なんて言葉ではありません。必ず、ですわ。


 わたくしはあの建物がある場所に向かいます。森の中で一泊し、翌日には陸の孤島を作り出している深い渓谷に到着しました。




「気をつけよ。ここはアレの縄張りだ」


「神崎がいるならもういないわよ」




 神崎はここにいるでしょう。そんな気がします。そして、きっと罠を張り巡らせて待ち構えているに違いありません。この渓谷を渡ったら少しも気を抜けませんわね。


 わたくしは空を飛んで向こう岸に着地しました。何か罠があるかと思いましたが、何もありません。少し拍子抜けでした。




「何もない……?」


「主の推理も外れることがあるのだな」




 気の抜けたルシファーがそんなことを言います。しかし、わたくしは妙な胸騒ぎがするのです。口で説明するのは難しいのですが、何か大きな仕掛けがあるような……。


 考えていても答えは出ないのでわたくしは違和感を抱きながらも歩き出しました。一歩踏み出すたびに大きくなる違和感が最大になった時、ようやくその正体が現れました。




「地面から魔力が滲み出ている……?」


「なに?」




 地面からほんの少しだけ魔力が滲み出ているように見えました。それを確かめようと魔力眼に意識を集中したその瞬間、その魔力が膨れ上がりました。




「馬鹿な!」




 ルシファーが叫び、わたくしは即刻シールドを多重発動させて身を守りました。わたくしたちをシールドが囲うと同時、地面が大爆発を起こしました。耳を劈く轟音が響き渡り、地表が捲れ上がり、土煙が一帯を覆います。シールドは最後の1枚を残して砕けてしまいましたが、何とか凌げたようです。




「なんて威力だ。これほどの魔法を嫉妬が使えるものなのか?」




 ルシファーは混乱気味にそう言っていますが、わたくしはそんなこと気にかける暇はありません。なぜなら、これだけの罠を設置するような人間は1人しか心当たりがないからです。




「うふふ、うふふふふふ」


「何故笑う?」


「見つけたわ。やっと会えるのよ」




 随分と熱烈な歓迎をしてくれるじゃない。再会が楽しみになってしまうではないですか。これはしっかりとお返しをしなければなりませんわ。ねぇ、神崎。


 わたくしは歓迎のお返しをするためにシールドを解除し、風で土煙を晴らしました。そして、つま先で地面をトントンと優しくノックします。グランドクエイクで地表にヒビがはいりました。魔力眼と併用して地下に隠された罠を破壊しておきました。そのまま少しこの場で待っていると、気配探知に求めていた気配を感じました。




「大当たりよ」


「これほどまでに強い気配は初めて見る。今の主と同格以上だぞ」




 推測通り、いえ、期待以上に強くなっているではありませんか。顔を見るのが楽しみですわ。


 気配は真っ直ぐわたくしたちのところに向かってきました。そして、木々の合間から待ち人が姿を現しました。




「お久しぶりね、あなた」




 記憶にある姿とほとんど変わりはありませんわね。前髪のトレードマークがほんの少し大きくなったくらいでしょうか? しかし、その強さはダンジョンで戦った偽物さんと比べものにならないくらい上ですわ。




「久しぶりだな、アイナ」




 神崎も再会を喜んでいるようですわね。笑っていますから。

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