第167話 他者との繋がりとは良いものですわね

 ダンジョンを制覇して屋敷に帰るとにわかに騒がしくなりました。わたくしを心配していた人たちが一斉に来るものですからとても慌ただしかったです。同じような質問や心配の声に何度も答え、自室に戻る間もなく食堂に連れていかれました。そこでもずっといろいろな人から話しかけられました。




「お疲れさん」




 長らく拘束された後に解放された瞬間を見計らって榊原さんと村正さんが労いの言葉をかけてくださいました。片手にカップを持っていて、わたくしの前に置いてくださいます。どうやらまだ自室には戻れないようですわ。




「同じような質問ばっかりで疲れただろ?」


「皆さん心配してくださったんですね。嬉しいような恥ずかしいような、不思議な気分です」


「そうかい。ま、元気そうで何よりだ」


「で、ダンジョン制覇したって本当かい? 面白い素材とかないかい?」




 村正さんは前のめりになって少し興奮気味に訊ねてきました。わたくしの心配もしてくださっているようですが、話題の本命はこちらでしょう。わたくしは実際に取り出して見せようと思いましたのを榊原さんが止めました。




「やめておきなよ。アイナも疲れてるだろう? ゆっくり休みな。そのハーブティーは寝つきがよくなる効能がある、と思う。飲んどきな」


「ありがとうございます」


「少しくらいはいいだろ?」


「明日に神崎を探しに行くわけじゃないだろう? どうせ装備の新調もするんだろうし、明日にでもじっくり腰を据えて聞きな」




 榊原さんの正論に言い返せなくなった村正さんは、明日、新素材を見せる約束をして去っていきました。わたくしもハーブティーを飲んでから自室に向かいました。




「ふぅー……」




 久しぶりの自室ですわね。定期的に掃除をしてくださったのでしょうか? 埃が溜まっているようなことはありませんわ。誰かはわかりませんがありがとうございます。


 自室に戻って椅子に座りながら一息入れていると、緊張の糸がぷつっと切れたのか急に疲れと眠気が襲ってきました。あのハーブティーが効いてきたのかもしれません。そう思いながらわたくしは眠気に抗うことなくベッドに入り込みました。その日は寝つきがとてもよかったです。




「……よく寝たわね……」


『ほぼ丸1日睡眠とは……人間とはこうも非効率な生き物なのか?』


「その非効率な人間にボロ負けした存在は誰かしらね?」




 ルシファーが黙ってしまいました。わたくしが本調子とは程遠い状態かつ、不意打ちじみた行動と精神世界の特性をもってしてまで負けた魔王には反省してもらいましょう。


 わたくしは着替えて村正さんのもとに向かいます。約束をしたのもあるのですが、それ以上に最高の装備を作ってもらいたいからです。




「待ってたよ。準備は万端さ」


「早乙女さんたちもいるの?」


「うん。アイナちゃんが神崎さんに挑むって聞いて、居ても立っても居られなかったの」




 村正さんの他にも装飾品を作っている生産職の方やスクロールを作製している方もいました。どうやらわたくしが神崎に挑むことを知っているようです。そして、少しでもわたくしの力になりたいとの申し出でした。




「神崎さんの発想力は凄い。いくらアイナちゃんでも一人の力じゃ苦戦すると思う。だから、少しでも力になりたい」


「……神崎を傷つけることになるわよ?」




 神崎が出て行った原因の一つは自身の居場所のなさだとわたくしは考えています。居場所の一つを奪った挙句、その上で神崎を傷つける覚悟はおありですか? わたくしは疑問を投げかけました。




「……ある。アイナちゃんもそれがわかって神崎さんのところに行くんでしょ?」


「ええ、わたくしはわたくしの願望を叶えるために行きます。そして、わたくしの願望は神崎を傷付けるでしょう。ですが、わたくしはそれ以上に神崎を幸せにします」


「私もその手伝いをしたいの。神崎さんにお礼の意味も込めてアイナちゃんに勝ってほしい」




 他の方も同じように首を縦に振りました。どうやら覚悟は決まっているようです。これは皆さんの決意も一緒に背負って戦わなければなりませんわね。絶対に負けられませんわ。




「わかりました。皆さん、わたくしに力を貸してください。そして、皆さんの力を合わせて神崎に勝ちましょう」


「はい!」




 予定外に心強い仲間ができました。どんな魔道具やスクロールが作られるのかはわかりませんが、神崎との戦いで取れる手段が格段に増えたことは歓迎です。これで一方的に魔道具を使われることはないでしょう。魔王スキルに装備、魔道具、スクロールと、ようやく神崎と同じステージに立つことができました。覚悟してくださいまし、神崎。




「そうと決まったら早く作っちまおう。アイナ、素材を出してくれ。それと、要望があるなら書き出して。実現できるかはわからないけれど無茶な要望も出しな」


「わかったわ」




 わたくしはマジックバッグから各種素材を取り出しました。まだまだ在庫はあることを伝えたのですが、皆さんの様子が少しおかしいです。




「まずは解体からか」


「あら……」


「庭で解体するよ。一度これはしまって移動だ。ほら、急いで」


「急いでもさして時間は変わらないだろうに。村正が素材を吟味したいだけだろう?」


「さあね」




 騒がしくも楽しい時間が過ぎていきました。

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