第166話 嵐来りて我らは笑う

 それからしばらくの間は平穏な日々が続いた。装備を新調して小細工を弄してみたり、決戦用の魔道具を作ってみたり、戦うであろう場所に魔法陣を仕掛けていたりと俺はとても忙しかった。しかし、レヴィアタンにとっては暇だったらしく、日に日に街に繰り出そうとうるさく喚いていた。パリピかよ。




「毎日毎日同じ事ばっかりで飽きねーのかよ」


「一通り終わったが、これでもまだ足りないくらいだ」


「心配性なことで。だが、これだけ待っても来ないんだから諦めろよ」




 レヴィアタンは未だにアイナが来ることを信じていないようだ。これまで勇者のような例外を除いて魔王スキルに対抗できた人間はいない。その経験則は気の遠くなるような時間を経て信仰じみたものとなっているうえ、なまじ知識があるがこそ、俺の勘など信じるに値しないと考えているようだ。




「それにな、仮に来たとして今のオメーに勝てる存在がいるのかよ? 本気を出せば歴代勇者と魔王の全員を相手取れるくらい強いんだぞ。常識的に考えろ」




 魔王に常識を説かれる日が来ようとは……。魔王って実は常識人? やだぁ。それじゃあまるで俺が非常識な人間みたいじゃん。俺は法律を守る一般人だというのに。何? 法令遵守と非常識は共存する? いやいやそんなわけ……ある?




「俺の常識ではアイナならできると考えるが?」


「根本から狂ってんのか。打つ手なしだな」




 レヴィアタンって結構辛辣な言葉を使うよね。俺のガラスのハートは繊細だから丁重に扱ってよ。ん? ノミの心臓の間違いだろうって? ハハハ、それは事実だわ。


 そんなふうにのんびりと会話していると遥か遠くから爆音が聞こえてきた。




「新手の魔物か?」


「いいや、違う」




 爆発音の聞こえた直前にスクロールが発動した感覚が伝わってきた。俺の設置した罠が発動したのだ。位置はかつてここを脱出した時に橋を架けた場所。わざわざ律義に真正面からやって来たようだ。




「まさか、あのガキか?」




 レヴィアタンが驚きと困惑が入り混じった表情をしていた。俺はそれを横目で見て笑っていたが、次の瞬間に俺の表情も似たようなものとなった。地面に埋めていた罠のほとんどが悉く破壊されたのだ。




「一体何が起こっているんだ?」


「知るか。だが、どのみち原因と思しき所に行かねーとな」




 レヴィアタンの言う通りだ。何がどうなったかなど直接見に行けばわかる。


 俺は立ち上がると現場に急行した。そして、気配探知に二つの気配を捉えた。片方は懐かしい気配だったが、もう一つは覚えがないものだ。




「アイナと……誰だ?」


「……あの野郎か」


「知り合いか?」


「傲慢の野郎だ。あいつが情けをかけるわけねーからあのガキに負けたのか」




 ほうほう、つまりアイナは俺と同じステージに立っているわけだ。これで俺のアドバンテージが一つなくなったな。大丈夫かよ、俺。


 来訪者がアイナとレヴィアタンの同類とわかり、向こうも俺の気配を感じ取ったらしく立ち止まっていた。地面は無数にひび割れていて、これが地中に埋めたはずのスクロールを破壊したのだろう。




「この規模でグランドクエイクを使うのか。しかも、木を倒さないように加減している。ここに魔王スキルまで使うとなると、想定を上方修正しなければならないな」


「まさか本当に魔王スキルを破ったのか。未だに信じられねーぜ」


「言ったろう? アイナならできるって」


「オレサマの見込みが甘かったのは認めよう。それはそれとして、オメーは迎えに来てほしいのか、戦いに勝ちたいのかどっちだ?」


「両方」


「クソ面倒なやつだな」




 うるさい! 面倒くさい野郎と言われてもしょうがないという自覚はあるんだ。これ以上俺の傷口に塩を塗らないでくれ。あ? 俺が態度をはっきりさせれば何の問題もないだろって? それができたらこんなにひねくれた人間になってねぇよ。……おいコラ、誰が拗らせおじさんだ。法律は守るし、アイナの将来も考えた上で最善の判断をしたんだぞ。心の中くらいは拗らせてもいいだろ。




「そろそろ到着だぞ」


「この爆発を平然と耐えたのか、それともお守りを使ったのか……。前者っぽいけどなぁ」




 アイナに渡したレックレスは死に至るような攻撃を防ぐ効果がある。ムカデワニ相手に一撃で破壊されたけれど、本来は体勢を立て直すための時間は稼げるように設計している。この爆発はそれを使用させるために強めの威力にしたが、今のアイナに通用するのか疑問だ。しないならこの後の戦いが非常に厳しいものになるかもしれない。




「無傷か……。隣の黒鎧が傲慢か?」


「そうだ」




 俺は爆心地の中心で悠然と立つアイナと傲慢を見る。記憶より何回りも成長したように感じる。かつて幼女と少女の中間と評したが、今は大人になりかけの少女といったところか。


 アイナと目が合った。ゆっくりと弓を引いた口から可憐な声が発せられる。




「お久しぶりね、あなた」




 その言葉だけで完全に記憶の封印が解けていることを悟った。故に、俺も変に気取らず正面から挨拶を返す。




「久しぶりだな、アイナ」




 後から聞いた話だが、俺は珍しく笑っていたらしい。

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