第160話 たまには人助けもいいものですわ
「火だ! 火を使え! この糸はよく燃えるはずだ!」
わたくしが成すすべなく追い詰められていると勘違いしたのか、捕らえられている男がそう大声を上げました。アドバイスは嬉しいのですが、この巣に火を放つと本人とそのパーティもろとも焼死することを理解しているのでしょうか?
『あいつはわかって言っている』
「そうなの?」
『あれは死を覚悟したものの目だ。弱き存在ながら天晴である』
自分たちが死ぬのは構わなくても無関係の人間を巻き込みたくないということでしょうか。その心意気はわかりました。ですが、わたくしは目の前の人見殺しにするほど冷たくなった覚えはありません。……なんだか九城さんたちみたいなことを言ってしまいましたね。
「情報収取は終わりましたわ。攻守交替といきましょう」
わたくしはストーンウォールを少し弄って砂の壁を作り出しました。もちろん砂の壁は生成と同時に砂山になります。
『遊んでいる暇はないぞ』
「遊ぶ? 笑わせないで」
わたくしが砂遊びで喜ぶと思っているのかしら? 神崎と一緒に砂の城を作るのは面白そうですけれど、生憎神崎はこの場にいません。この砂は立派な作戦の一部でしてよ?
わたくしは風属性魔法で生成した砂を巻き上げました。もちろん自分や捕まった人にも風の鎧を纏わせて砂を防いでいます。
「あらあら、随分と見やすくなったわね」
糸に砂が付着して白いユキグモは物凄く浮いて見えます。それに、粘着性の糸はこれで使い物にならなくなりました。さらに、その上から追い打ちをかけましょう。氷属性魔法で巣全体を凍らせることによって万が一にも糸が付着することはなくなりました。
「今度は接近戦? 受けて立つわ」
糸が凍り付いたために地面に落下したユキグモはその巨体に見合わないスピードでわたくしに接近してきました。口には鋭い牙が見えます。毒を持っているかもしれませんから注意しましょう。
「関節を狙ってみたものの、身体を動かすだけなら簡単ですわね」
左半分の足を失ったユキグモは地面を転がりました。攻撃ついでに関節を狙ったのですが、あっけないほど簡単にできてしまって拍子抜けです。もっと強い敵が相手でなければ技量の向上は望めないかもしれません。
『まだ死んでいないぞ』
お腹の先端から糸を出して空中に逃げたユキグモでしたが、わたくしは凍った糸を足場にして追いついて止めを刺しました。面白い相手でしたが、糸さえ封じてしまえばなんてことのない相手でした。ついでに捕まった人たちを助けてお終いです。
「助かった……ありがとう」
「どういたしまして」
あの叫んでいた男はこのパーティのリーダーだったようですね。パーティメンバーも少し衰弱していますが数日休めば問題ないでしょう。念のため洞窟広場まで護送すると男からパーティの勧誘を受けました。
「君は一人か? よかったらパーティに入らないか? こんなのでも全員Aランクなんだ」
「いいえ、遠慮しておくわ」
「ま、そうだよな。君に利点がないし」
あっさりと引いた男に少し驚きを覚えました。これまで勧誘してきたパーティはどれもしつこかった記憶があるのですから。引き際を知っているからここまで生きてこられたということでしょうか。
「もう出発するのか」
「ええ」
「何が君をそこまで突き動かすかはわからないが、君の願いが叶うことを祈っておくよ。気をつけて」
そうして彼らと別れを告げてわたくしは進みます。彼らから聞いた話ではユキグモはユニークらしいので、あれ以上強い魔物はこの層にいないと言っていました。そこは少し残念ですが、無駄足を踏むことがなくなったのでよしとしましょう。
「もっと骨のある敵と戦いたいわ」
「あれを簡単に倒せるほうがおかしいのだが」
「たったあれだけの罠なんて攻略できて当然。もっとえげつない罠がほしかったわ」
「そう言えるのは主くらいなものだ」
あれて驚いていたら神崎と戦った時に腰を抜かすのではないかしら? ルシファーが慣れるという意味も込めてもっと強い魔物が出てきてもいいと思うのよ。期待しているわよ、ダンジョンさん。もっとわたくしを強くしてちょうだい。
そんなわたくしの願いが通じたのは未知の階層である121層からでした。120層のエリアボスである偉そうなガイコツを灰にしたわたくしは、121層の光景に目を奪われました。
「ここは……空中?」
空に大小さまざまな島が浮かぶエリアはまさに幻想的な光景といって差し支えないでしょう。重力はしっかりとあるので浮かぶ小島を渡っていくのでしょうか? 落ちたらどうなるのでしょうか?
「落ちても下部から吹き上げる風で戻って来られるようだ」
「偵察ありがとう。面白そうだけれど難易度は甘めなのね」
「そうでもない。浮き上がる場所を間違えれば浮島にぶつかる。もろそうに見えてもダンジョンの通路だ。当たり所次第では即死であろうな」
落ちた場所からずれて浮き上がることが普通で、浮島に着地できるとも限らない。空中で自分の意思で進む方向を決められないからこそランダムな脅威があるようですわ。
「それに、辺りを飛んでいる魔物に狙われるのね。空を飛べないと不利にしかならない、と」
人にしては少し小さめで羽の生えた人型の魔物が宙を漂っています。手には弓矢を持っているので天使に見えますが、残念ながら顔はマネキンのようにのっぺりして何もありません。可愛くはないです。
「さて、楽しませてちょうだい」
わたくしは意気揚々と小島を渡り始めました。
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