第158話 ようやく敵と呼べる相手が出ましたわ
「危なかったな、主よ」
「そうね……」
爆発した白い綿毛の内部には細いマチ針のような棘が仕込まれていました。ルシファーによると刺さった生物に麻痺の状態異常を付与するものだそうです。
「この感覚は命の危機を感じているのね」
生まれて初めの感覚を理解できました。育った環境は悪かったですが、死ぬようなことは一度もされず、こちらに来てからもわたくしが危機に陥るような敵はいませんでした。ある意味でそれは幸せだったのかもしれません。そして、きっと神崎はずっとこの感覚を味わい続けていたと考えると、浮かれて気が付けなかった自分を嫌いになりそうです。
「まだ向かってきているぞ」
「わかっているわ」
先ほどよりも数が増えている白い綿毛を氷漬けにしていきます。遠くから衝撃を与えたりして爆発しないことを確認してから、わたくしはその綿毛を飛ばしてくる犯人の気配のもとに向かいました。
「あれね」
「そのようだ」
ジャングルの開けた場所にいた犯人は変わった植物でした。白い綿毛が円柱状にそびえ立っており、遠くから見れば白い柱にも見えるそれの根元に根っこがなければ植物とは思えないでしょう。
「あれはパラライズコットンという魔物だ。麻痺で身動きの取れなくなった獲物を広く張った根で串刺しにして吸収する」
「まんまね」
こう少し捻った名前がほしいところですわ。もこもこちゃんとかどうかしら? 可愛いと思わない?
わたくしたちに気が付いているのか、もこもこちゃんが大量の綿毛を宙に放ちます。幻想的ですが、近づけば麻痺の針に晒されるという危険な罠です。
「でもね、近づかなければ問題ないのよ」
わたくしは実験がてら水属性魔法を撃ってみました。そして、予想通り宙に舞った綿毛は水に濡れて地面に落下していきます。タンポポや綿花と同じように水分が大敵のようです。しかし、爆発はするので凍らせた方が無難かもしれません。
「あらあら、わたくしにその程度の奇襲が通じると思ったの?」
地面から硬く鋭い根が飛び出てきました。しかし、単なる攻撃などわたくしに通用しません。全ての根を切り落とすだけです。別段脅威ではありませんわね。と、ここでもこもこちゃんに変化が起こりました。
どうしたことでしょう。もこもこちゃんの綿毛が抜けていきます。あぁ、これではただの枯れ木ではありませんか。可愛くありません。
「あれは本来雨季の時になる姿だ。外敵に襲われてもいいようにひたすら硬質化する……のだが、主には意味がないらしい」
可愛くないので切り倒してしまいました。反撃にも注意したのですが本当に何もありませんでした。枯れ木をマジックバッグに入れて攻略を再開しましょう。この階層から魔物も強くなることは確認できたので楽しみです。
「この階層からはすべての魔物と戦う勢いで攻略してくわ」
「それが比喩でないことは伝わった」
比喩なわけないでしょう。レベルも上げていかなければならないのですから。さらに言えばようやく搦め手と呼べる手段を使ってくる魔物が出てきたのです。学ぶにはいい機会でしょう。
次の獲物を求めてわたくしはジャングルを進みました。もこもこちゃんの他にも木の枝に擬態したナナフシそっくりの魔物や、落ち葉に擬態した大量の蛾の群れなどもいました。どちらも麻痺を使う魔物で、神崎と相対した時のシミュレーションの一つとして役に立ったと思います。
「氷属性魔法で身体の一部を覆ったり、風属性魔法で鱗粉を散らしたりと応用の大切さが身に沁みますわね」
「魔法は攻撃に使うものだと思われがちだが、制御次第では今の主のように防御にも転用できる。その場合、高度な魔力操作を要求される。魔力操作は魔力を使う全てのスキルを補助する重要なスキルだ」
物凄く重要なことを聞きましたわ。これまでは攻撃一辺倒だったために魔力操作のスキルレベルは高くありませんでした。神崎がやたらとスクロールや魔道具作りが上手なのもそれが関係しているのでしょうか? だとしたら、神崎の魔力操作はわたくしよりも上でしょうね。技量にステータスが追い付いたのならば想定以上に強くなっているかもしれませんわ。
「その神崎という人間を高く評価し過ぎではないか?」
「何を言っているのかしら? 多様なスクロールをあれだけ器用に作れるのですもの。低いと考える方がおかしいわ」
例えばファイアボールの魔法一つとっても、威力だけでなく距離や速度、進行ルート、発動時間、形をあれだけ弄れるのですもの。普通ではないわ。
「凄いでしょう?」
「……異常だな」
「それを相手にするのよ? 生半可にかかっていいわけないわ」
「そのようだ」
ようやく神崎の凄さがわかったのね。いい傾向だわ。
わたくしは少しだけ気分が良くなって攻略を進めます。他にも魔物を倒しながら進んでいき、102層に到達しました。そこの洞窟広場にはどこかのパーティのテントが張ってあります。しかし、まだ探索中なのか人影はありませんでした。
「ここには人がいるのね……」
「我は隠れていた方がよかろう」
「そうね。……はぁ……、面倒なことにならなければよいのだけれど」
わたくしの呟きは空に吸い込まれていきました。
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