第154話 ボスに第二形態はつきものだよね

 ムカデワニにどんな変化があるのか不明なため、安易に手出しできなかった俺はため息を吐いた。一応、確認として魔法で攻撃してみたが、元より外側からの攻撃は通用していなかったことから予測していた通り意味はなかった。


 適当な武器の投擲も意味なし。あのステータスを貫通できる魔道具なんてないぞ。そうなるとやっぱり体内から破壊するのがベストか。悔しいな。




「ん? 変身が終わったか?」


『気をつけろ』


「わかってる」




 毒とか通用するのかね? ……しないだろうなぁ。種類はあるからあるだけ使ってみるか。相乗効果とかあるかもしれないし。お? 動くか?


 俺は顔を上げたムカデワニと目が合った。次の瞬間、俺は恐ろしいほどの寒気に襲われ、全力で横に跳んだ。それでも間に合わなかった左腕が食いちぎられてしまう。




「痛ぇ……」




 全耐性を貫通する痛みに顔を歪めつつも、俺はスクロールで失った腕を治し、同時に追撃封じとお返しの意味も込めて、腕と共に飲み込まれた装備に仕込んであったスクロールも起動する。背後で爆発音とこれまでとは違う濁った悲鳴が響いた。




「……おいおい、何でそれで死なねぇんだよ!」




 振り向いてムカデワニの状況を確認した俺は思わずそう言った。ムカデワニの喉は大きく抉られて血が止めどなく流れており、ズタズタに裂けた肉がぶら下がっていた。頭から喉元には触手の他に極太のアイアンランスが何ヶ所も突き出している。かつてのクソ鳥の時よりも酷い有様なのに、それでも動いているのだ。




「くっ……! 怪我なんて無視か」


『突っ込んでくるぞ!』


「わかってる!」




 血をまき散らしながら突撃してくるムカデワニを避けつつ、俺はすれ違いざまに触手を切断しようと試みる。しかし、にょろにょろした見た目とは裏腹に、非常に硬質な音を立てて弾かれてしまった。




「これじゃ切断は無理だな。一点突破の強撃か内部破壊が最適解とみた」


『突っ込むのか?』


「当然!」




 正直、遠距離での戦いは完敗といって差し支えない。俺の遠距離攻撃はダメージが入らず、ブレスと高速突撃によって一方的にやられるのは学習した。尚且つ、この戦闘を通してムカデワニは魔法を一切使っていない。ここまでされて隠しておく意味は薄い。ブレスをひたすら強化し続けたと考えられる。ならば、巨体の押しつぶしと触手に気をつければまだ接近戦の方が有利に立ち回れる。


 俺はムカデワニに近づいて気杖を振るう。俺に絡みついて来ようとする触手に注意を払いながら、甲殻のひび割れにスクロールを押し込んでいく。その際も無数の触手が俺に向かって伸びてきた。




「ああ! 鬱陶しい!」


『オイ! 上だ!』


「上?」




 レヴィアタンの焦ったような声に釣られて俺は上を見上げた。そこには自身の胴体ごと俺を焼き尽くさんばかりの光球を作り出したムカデワニの頭部があった。これまでだと絶対にしない行動に、俺はほんの少しだけ次の行動に移るまでに時間を要してしまった。




「しまっ……」




 足に触手が巻き付いて回避不可能な状況に追い込まれた。そして、頭上からブレスが降り注いだ。仕込んであったシールドで時間を稼ぎ、マジックバッグからスクロールを取り出してブレスを防ごうと試みた。




「こんのおォォ!」




 シールドを全力で張ったはいいが、それらは面白いくらいに簡単に破られて、ついにはブレスの直撃をもらってしまった。俺自身を錬成した時と勝るとも劣らない激痛が全身を駆け巡る。光の奔流が収まる頃には、俺は瀕死の状態だった。


 全身が痛い。酸素が足りてない。息を吸っているはずなのに肺に空気が入ってこない気がする。何とかせねば。




『まだ終わってねーぞ!』




 レヴィアタンの声が遠くに聞こえた。傍から見ればムカデワニがその胴体を鞭のようにしならせて俺を叩き潰そうとしているのだが、当の本人である俺は現状を打開できる状態ではなかった。無慈悲に振ってくる巨体をもろに受けて俺は地面に叩きつけられた。




「……ぁ……」




 俺はまだ生きているらしい。どうやら緊急用の防御スキルが発動したようだ。逆に言えば、あれが発動したということは、あの攻撃で死ぬはずだったということ。そして、次は助からないということだ。


 リジェネのスキルのおかげで息はしやすくなったが身体は動かない。死を覚悟した俺に次の攻撃は来なかった。ムカデワニがゆっくりと降下してきて俺の様子を窺っている。すると、触手が伸びてきて俺の身体を貫通して持ち上げた。




「くぅっ……」




 苦悶の声が出た。痛覚が戻ってきているようだ。もう少し待てば身体が動くはず。もう少しだけ時間を稼がねば。


 しかしながら、ムカデワニは俺を殲滅する準備は万端だったようだ。万一にも逃げられないように更に触手が俺を突き刺して行動を封じ、ムカデワニの眼前まで持ってきた。




「ハッ……逃がす気はねぇか……」




 スクロールにムカデワニを倒せる威力のものはない。このボロボロの身体では触手の拘束を脱することはできない。あのブレスを防ぐ手立てはもうもう残っていない。ムカデワニの身体に埋め込んでいたスクロールはさっきのブレスで全滅した。これ以上絶体絶命という言葉が似あう状況があろうか。いや、ない。


 以上が現状の経緯である。

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