第153話 これは絶体絶命のピンチかも

 あー、聞こえるか? 俺だ。……何? 知らない人ですね、だと? そんなことは気にするな。それより落ち着いて聞いてほしい。今、超ピンチなんだ。どれくらいピンチかというと、今まさに俺の命の灯が消えかかっているくらいだ。身体の至る所に触手が貫通していて身動きが取れず、俺の眼前には大口を開けたムカデワニは太陽と見まがうほどの光球を吐き出そうとしている。何でこんな事態になったんだっけ?











 少し時間を巻き戻す。俺は全力でムカデワニと戦っていたんだ。何日経過したとかわからないくらいには時間が経っていた。




「ハァ……ハァ……」




 何なんだ、このムカデワニは……。化け物過ぎる。どれだけ突き刺して切り刻もうが傷口はすぐに塞がるし、ダメージが蓄積している様子はない。それどころか時間経過とともにどんどん強くなっている気さえする。俺もどんどんコイツの動きを理解して対応しているのだが、それすら超える勢いで強くなっているのだ。バトル漫画の主人公かよ。




「この……! バケモンがァ!」




 俺は悪態をつきながら必死になってムカデワニの吐き出す光の奔流を躱す。このブレスが厄介極まりないのだ。ほら、通り過ぎたと思ったら鋭角的に屈曲して俺に向かってきやがった。躱しきれないと判断した俺は気杖を盾状に形成してブレスを逸らした。それだけでも魔力刃にヒビが入るくらいなのだから、直撃なんて考えたくもない。




「くっ……」




 ムカデワニのブレスが厄介すぎる。それ以外も十分に厄介だが、その中でもブレスの汎用性が異常だ。光球を爆弾のようにばら撒くものから、今みたいに屈曲ブレスを吐いたりする。かと思えば拡散ブレスを放つし、大量のホーミングブレスまで吐いてくる。まるでブレスのバーゲンセールだ。閉店しやがれ。




「アアァァァアアアアァア!」


「……! ふざけんなよ!」




 ついにブレスを吐きながら突撃をしてきやがった。これはマズい。気杖を解除してしまえばブレスに直撃するし、このままここに留まってもあの馬鹿みたいに巨大な口にぱっくんちょされる。仕方ない。できれば真正面から打倒したかったが、背に腹は代えられないもんな。緊急の保険を発動するか。




「やられっぱなしは性に合わないんでね!」




 俺はスクロールを起動する。それも、ムカデワニの体内にあるスクロールだ。気杖にスクロールを取り付けて、切りつけるたびに体内に仕込み続けていたんだ。硬い甲殻のおかげで衝撃が外部に逃げにくいだろう。その堅牢なガワを恨むんだな。


 ムカデワニの動きが一瞬止まった。次の瞬間、これまでとは比べ物にならいほど暴れはじめる。体内で連鎖爆発するスクロールに苦しんでいるのだろう。巨体は地に落ちて岩を砕き、木々をなぎ倒し、魔物を轢き殺す。瞬く間に地面がひっくり返された。




「ハァ……参ったか……」




 次第に動きが緩慢になっていく。体表を覆っていた剣山は大半が抜け落ち、その下のひび割れた甲殻が露出していた。そのひび割れからは紫色の血が滝のように流れ落ちている。しかし、それでもまだ死ぬ様子はない。このまま回復されても困るので、俺は止めを刺そうと近づいたその時、唐突にムカデワニが顔を上げた。開けられた口には既に光球ができ上っていた。




「嘘だろ!」




 ギリギリまで口を開けずに光球を作り出してしたらしい。そして、俺が近づいてくるまで待っていたのだ。そう、最初に俺が麻痺にかかったフリをしてだまし討ちをしたように。




「間に合うか……!?」




 一瞬にして大量のシールドを蒸発させたブレスを必死の思いで躱す。直撃こそしなかったが、それは大きな隙となった。受け身を取る間もなくムカデワニのタックルをもろに受けてしまった。




「かは……」




 苦しい。息ができない。肺に空気が入ってこない。地面が迫ってる。このままじゃ死ぬ。


 俺は飛びそうになる意識を必死にかき集めて気杖を握る。狙うは目玉だ。




「このォォ!」




 遠く離れた目玉に向けて俺は気杖を向ける。そして、消費魔力なんて度外視して魔力刃をひたすら延長した。その刃は死角となっている潰れた左目に突き刺さった。2度目の激痛に、いかにムカデワニと言えどもたまらず失速する。その間に俺は何とか脱出して墜落を免れた。




「ハァ……ハァ……、やってくれたじゃねぇか、この野郎……」


「アアァァ……」




 俺とムカデワニは互いに睨み合った。両者とも満身創痍といって差し支えないダメージを受けている。俺は決定打が打てず、ムカデワニは強烈なカウンターを警戒して動かない。しかし、互いに一歩も引くことだけはする気がないのは確実だった。




「……あ?」




 このままでは埒が明かないと思った矢先、ムカデワニに変化が訪れた。全身から煙を吹き出したのだ。明らかな異常事態を俺は観察する以外に選択肢がなかった。


 どういうことだ? 煙幕にしては薄いし、毒ガスだとすると甲殻のヒビから出ているのは妙だ。何か泡立ってないか? まさか溶けてる?




「アァ……ァァア、ァァアアァアァァ……」


「うわっ、何か生えてきた。祟り神かよ」




 甲殻のヒビ割れからにょろにょろと触手が生えてきた。ムカデワニは低い唸り声を上げながら耐えているようにも見える。




「なんじゃありゃあ」


『見たことねーな。新たなスキルか? 神が作ったのか?』


「とんだ嫌がらせじゃねぇかな、それ」




 ムカデワニは苦しそうだし、俺は更に強い敵と戦うことになるのか。つまり大ピンチってわけね。

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