第152話 開幕から容赦はしないぜ

 ドオオォォォォォン! という耳が痛くなるほどの爆発音とともに、アレの住処から爆風が吹き抜けた。山の一部がガラガラと陥没し、もうもうと土煙が立ち昇る。その光景を俺は上空で観察していた。




「普通の魔物なら即死だが……」


「アアアアァアアァァァァァァアアアァ!」


「ですよねぇ」




 崩落した地面の中からアレが勢いよく姿を現した。ワニのように裂けた口にムカデのような平たく長い胴体。その背にはトンボのような翅が生えていた。記憶にある通りの姿に、俺は若干の高揚感を覚えた。この化け物と戦えるステージに立ったということに興奮しているのだ。




「よう。前回は世話になったな。お礼参りに来てやったぞ」


「アアァァァアァ!」




 アレは口をガバッと開いて光球が形成される。そして、それを俺目掛けて打ち込んできた。


あの閉所空間でエクスプロージョンを複数食らったのに元気いっぱいかよ。ナ〇シカに出てくる巨神兵もびっくりのブレスが挨拶とは生きがいいなぁ!




「お返事だこの野郎!」




 俺もお返しとばかりにスクロールを起動して、コイツ……ムカデワニにのご尊顔に大量の魔法を叩きつけてやった。しかし、ムカデワニは俺の攻撃に怯むどころか一切意に介さずに突撃をかましてくる。




「速い……! が、背中ががら空きだぞ!」




 俺はムカデワニの噛みつきを躱し、眼下を流れるムカデワニの胴体目掛けて強烈な蹴りを放つ。クソ鳥の時同様、上空に張ったシールドを使った加速によって相当な威力となった蹴りは確実にムカデワニを捉えた。




「くっ……!」




 結果から言うと、俺の攻撃は大失敗だった。ムカデワニの体表は一見すると外殻に覆われているように見える。しかしながら、実際は剣山のような平たくて細い針がびっしりと付いていたようだ。しかも、任意で隆起させることも可能らしく、ブーツを貫通して俺の足に何本も突き刺さっている。攻防一体の厄介な外殻だ。




「ご丁寧に“かえし”まで付いてんのかよ」




 蹴りの衝撃で折れた剣山を俺は強引に引き抜いた。剣山はエイの毒針のようにギザギザとかえしが付いていた。耐性のおかげでほとんど痛みはなかったが、それでも視覚的に痛く感じる。




「しかも麻痺の状態異常も付いてるのか。初見殺しにもほどがあるだろ」




 耐性を上げていてよかったぞ。でなきゃ勝負がついていた。しかし、困ったな。バカ高いステータスに攻防一体の外殻。更には麻痺まで使ってくる始末。ステータスで暴れるヤツかと思ったが、どうやらそうではないらしい。わざわざ守りの方面にも進化しているのは、それだけコイツも命の危機を体験したことの裏返しだ。




「手強いねぇ」


『ギャハハハ! 本物のバケモンだなこりゃー。はっきり言って想像以上だ』


「だからこそ勝つ意味がある」




 怪我はスクロールで治療済みだ。ブーツも修繕完了。ムカデワニは俺の様子を窺っている。麻痺が効いていると思っているのだろうか。無暗に攻撃せずに麻痺が身体に回るのを待つのも賢い証拠だな。


 だからこそ俺は敢えて落下する。すると予想通りに大口を開けてムカデワニが迫ってきた。それを限界まで引き付けて反転攻勢に出る。




「所詮は浅知恵よ!」




 気杖に限界まで魔力を注ぎ込んで魔力刃を形成する。真横でガチンッと閉じられた大口を余所に、自身の大きく開けた口でセルフ目隠しをしていたお馬鹿さんの左目に気杖を突き刺した。




「アアァァァアァ!」


「さっきのに色を付けてお返ししてやんよ!」




 気杖の形状を変化させて釘バットもびっくりのトゲトゲを生やしてから引き抜いた。




「綺麗なバラには棘があるってな! バラなんて咲いてねぇけど!」




 痛みで暴れ狂うムカデワニからその勢いも利用して離れる。完全に距離をとった頃にはムカデワニが左目から血を流しながら俺を睨みつけていた。その目は完全に俺のことを敵と認めていた。




『本気になったな』


「なってもらわなきゃ困る。俺はそれを越えるんだから」


『大口叩きめ』


「そうやって言わなきゃとっくに逃げ出してるよ」




 ムカデワニは俺よりも強い。格上に正面から挑むなんて普段の俺では絶対にしないことをしているんだから、俺のビッグマウスは逃げ腰になりそうな俺に喝を入れて奮い立たせているだけだ。




「さてと、仕切り直しだ」




 現状は互いにダメージを負った痛み分け状態か。俺は治療できる分、若干有利なのかもしれないな。しかし、若干では物足りない。格上に打ち克つにはまだ足りなさすぎる。


 わずかな静寂の後、今度はムカデワニが動いた。その巨体をくねらせて俺に突撃を敢行してくる。




「速……」




 その速さに俺は対処しきれなかった。回避し損ねて地面に叩きつけられた。咄嗟にガードした左腕は見事に折れていて、折れた骨が皮膚を突き破って血がダラダラと地面に流れる。急いでスクロールを使って治療していると急に日が陰った。かと思ったら真夏の昼よりも明るくなる。




「ちょっとそれはヤバいって!」




 俺は慌てて地面を蹴った。その直後、俺の後方で大爆発が起き、爆風で俺は吹き飛ばされる。そう、ムカデワニが上空から光球をばら撒いたのだ。爆音と土煙が周囲を包み込み、巻き上げられた瓦礫が雨となって地面に落ちる。




「まだまだァ!」




 礫の雨に逆らい、俺は気杖の先端に刃を形成してムカデワニの喉元に突き立てた。剣山を突き抜け、その下にある喉元の甲殻を貫通したのを確認したら魔力刃の形状を変化させて盛大に切り裂いた。

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