第146話 随分と味な真似をしてくれるじゃない
「馬鹿な……」
「何を驚いているのかしら?」
「貴様、何をした?」
あら? そんな単純なことを聞くの? とっても単純なのだけれど……。あの魔法陣を壊して記憶が戻ったわたくしが凶刃の軌道から移動しただけ。そんなこともわからないなんて、もう少しお勉強をすべきだと思うわよ。
「ただ早く動いただけよ」
「早く動いた? そんな次元ではなかろう!」
「この世界は意思で変わるのでしょう? わたくしは誰よりも早く動くという意思を持っただけ。簡単でしょ?」
「……解せぬ!」
そうかしら? あの人なら、神崎ならもっと理不尽な考えをすると思うのですけれど。寧ろ、神崎の方がこの世界は得意なのかもしれませんわね。何しろ意思だけで決まるのなら自由な発想ができる方が強いに決まっていますから。
黒い鎧は黒い炎をまき散らしながら向かってきました。しかし、わたくしの髪一本すら捉えることはできません。
「くっ!」
神崎がわたくしのことを考えて記憶を封印したのは痛いほど伝わりました。人間関係で苦労したのはわたくしも同じですから。他者との良縁を捨ててまで自分と一緒にいる意味はない、ですか。ふざけないでくださいませ。良縁かどうかを決めるのはわたくしです。それは神崎でも許せません。
「そちらさん程度の敵に本気を出すのはどうかと思ったのですが、わたくしは少々気分が悪いのです。諦めてください」
「何を!」
わたくしはわたくしの装備を思い浮かべます。それだけで、神崎がわたくしの為に作ってくださった装備を身に纏えました。
やはり、着心地がいいですわ。それに、とても落ち着きます。柄ちゃんも手に馴染みますわね。現実と遜色ないですわ。
「器如きが図に乗るでない!」
煩いですわね。わたくしは早くここから出て神崎をどうするか考えなくてはいけないのよ。邪魔しないでちょうだい。
わたくしは叫ぶ黒い鎧を切り刻みました。身体が軽すぎたのと、神崎への怒りで少しやり過ぎてしまったかもしれません。これもすべて神崎のせいですわ。これは直接抗議に行かなければなりません。
「馬鹿な……。馬鹿な……」
そう言い残して黒い鎧は消えました。同時に精神世界が光に包まれました。気が付けばわたくしはベッドに横たわっていました。目頭も熱いです。どうやら寝ながら泣いていたようです。しかし、それ以外に変化はありませんでした。あれは夢だったのでしょうか?
『違う』
「! 何処から!」
『主の脳に直接話している』
「え……? は……? 主……?」
この声は黒い鎧です。しかし、周囲にはいません。気配もありません。しかも、主とはどういうことでしょう? わたくしはおかしくなってしまったのでしょうか?
「こうすれば混乱せずに済むか?」
「な! 何処から!?」
「普段は精神世界にいる。現実世界に顕現すれば戦うことも可能だ」
いきなり目の前に現れた黒い鎧さん? からは害意を感じません。精神世界とは180度変わったみたいです。その黒い鎧さんからいろいろ話を聞くことができました。なんと黒い鎧さんは魔王スキルというもので、身体を支配した人間は魔王になるそうです。わたくしは黒い鎧さんに打ち克ち、魔王スキルを自在に使える人間という立場になったらしいです。
「広義の意味では主も魔王だ。だが、人間の歴史において魔王とは世界に破壊と絶望を振りまく存在と定義されている。その意味では主は魔王ではない」
わたくし、魔王になってしまいました。嬉しくありませんわね。それよりも気になったことがあります。気配がないのにいきなり出てきたところが、神崎の後ろにいた化け物と同じように感じました。
「ふむ、その特徴を聞く限り嫉妬の魔王だと思われるが……。あやつは遥か昔に勇者の手によって封印されていたはず」
「神崎が嫉妬の魔王……、そう」
嫉妬とは持たざる者がするイメージがありますが……。神崎はそれほどまでに周囲を妬んでいたのですか? それならば、わたくしと一緒にいる時間は苦痛そのものではなかったのでしょうか? レベル上限で苦しみ、スキルを教えていた人が自分の上を行く。さぞ辛かったのかもしれません。
「それでも、わたくしは進むと決めたのです」
「何処に?」
「黒い鎧さんに話す義務はありませんわ」
一応味方のようですけれど、いきなり殺しにかかってきたのは忘れていません。それをすぐさま信用するなど愚の骨頂。もう少し時間を置きましょう。
「あ、そういえば黒い鎧さんは何を司っているのですか?」
「我は傲慢を司る魔王。主はそれを越える傲慢の持ち主だ」
あら、わたくしが傲慢? 少し我儘なだけよ。でも、これからすることを考えると確かに傲慢そのものかもしれないわね。自分の意思を貫き通して他人の意思を捻じ曲げるのですから。
「やはり傲慢そのものだ。我の見込みに間違いはなかった」
「わたくしの心を読まないでくださいませ、ルシファー」
「ルシファー?」
「傲慢の魔王ルシファー。これからそう呼びます」
「気に入った」
神崎、わたくしも同じステージに立ちましたわ。覚悟しておいてくださいませ。
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