第145話 窮地にこそ逆転の芽があるのですわ
「躱すか。生意気な」
危なかったですわ。わたくしは今、ただの普段着です。装備の補助がない状態でもわたくしは強いですが、それでも普段以上に慎重に行動しなければなりませんわね。そして、もう一つ気が付いたことがあります。マジックバックがないのです。ベッド横に置いていたのが災いしてしまったようですわ。
黒い鎧は何の躊躇いもなくわたくしを殺そうとしてきました。わたくしは黒い鎧の剣戟は回避するしか選択肢が残されていないようです。未知の事態が重なり、非常に危険な状態と言えるでしょう。
「この……! ……なぜですの!」
緊急事態です。魔法が発動しませんでした。いつもなら感じる魔力の動きが一切感じられません。これではあの黒い鎧に対抗できないではありませんか。どうして魔法は発動しないのかしら?
「無駄な足掻きはよせ。苦しむ時間を長引かせるだけに過ぎん」
「また意味の分からないことを」
この空間、黒い鎧の発言、魔法の発動ができない状況。わからないことが多すぎます。ですが、何かヒントはあるはず。全ての事象を注意深く観察するのよ。
「すぐに意味はわかる」
「魔法!?」
「貴様ら下等生物と同じにするな」
黒い炎がわたくし目掛けて襲ってきました。あり得ません。わたくしには魔法が使えないのに向こうだけ使えるなんて。
ただでさえ頭痛で動きに精細さが欠けているのに、圧倒的に不利な状態で戦わされるのだから堪ったものではありません。このままでは押し切られることは想像できます。どうにかして攻略の糸口を探さなければ。
「素手では攻撃が通りませんか……」
隙を伺い肉薄して打撃を加えましたが、黒い鎧にはダメージは一切通らないようです。よろめくことすらありませんでした。わたくしのステータスでこれなら勝機はないのかもしれません。
「小賢しい」
また黒い炎がヘビのようにうねりながらわたくしに向かってした。回避してもしつこく追いかけてきます。ですが、わたくしもただ避けてばかりでいたわけではないのです。
精細さを欠いた状態でしたので、わたくしは一つ一つの動きを意識して回避していました。するとどうでしょう。意識した部分は想像以上に動くのです。意識していない部分との差ははっきりと感じ取れました。この世界では意識に依存すると仮定できるのではないでしょうか? いつも何気なく使っていた魔法もしっかりと魔力の動きや生み出された現象を意識すれば……。
「ほう? 精神世界に順応し始めたか」
わたくしの放った魔法が黒い炎を相殺しました。そこで初めて黒い鎧が感情を持った声で話しかけてきたのです。
「精神世界?」
「この我に足掻く意志に敬意を表して教えてやろう。この世界は意思こそが全て。現実世界とは法則が違う」
とても大切なことを教えてくださいました。相手に花を持たせたつもりかもしれませんが、敵に情報を教えることは愚かという他ありません。もしくは、教えても何ら障害にはなり得ないということの裏返しでしょうか?
「わたくしに教えてもよかったのかしら?」
「もうすぐ死ぬ者に何を言ったところで運命は変わらぬ」
そう言った黒い鎧から邪悪なオーラが立ち昇り始めました。どうやら黒い鎧はわたくしで遊んでいたようです。その強さは記憶にある何よりも強く感じました。
状況は絶望的ですわ。アレに勝てるビジョンが浮かびませんもの。黒い鎧の言った通り、大人しく諦めた方が苦しまないのかもしれませんわね。……いいえ、あの人は格上相手でも諦めませんでした。わたくしも諦めるわけにはいきません。
「っ……!」
誰かの影が脳裏にちらつきました。同時に頭痛が激しくなります。そして、運の悪いことに黒い鎧の攻撃とタイミングが重なってしまいました。
「終わりだ」
剣が今にもわたくしを両断しようと降ってきます。わたくしは目を逸らして小さく縮こまるしかできませんでした。
「何? 何だこれは?」
「これは……」
黒い鎧から困惑の声が上がりました。わたくしが目を開くと、わたくしを薄いベールが包み込んでいます。そして、わたくしの手にはネックレスが握られていました。いつも付けていてとても大切なのに、何故大切かがわからない不思議な装備です。それを見た途端、これまでとは比べ物にならないほどの激痛が頭を駆け巡りました。
「……いっ……!」
「子供騙しが!」
黒い鎧が怒声を発しながらベールを破壊しようと剣を振るい続けます。このままの勢いではこのベールも遠くないうちに壊されてしまうでしょう。ですが、わたくしは微塵も焦りを感じていませんでした。それどころか、ネックレスを見た途端、黒い鎧のことすら思考の外におきざりにしてしまいました。
もう少し、もう少しで思い出せそうなのです。これを作ってくださったのは誰? あなたは?
「……ぁ……」
必死の思い出そうとしているわたくしの前に見たことのない魔法陣が現れました。見ていると不思議と安心しますが、同時に、直感的にこの魔法陣が頭痛の原因だと理解できました。わたくしはその魔法陣を壊すために手を伸ばします。
「させるものか!」
黒い鎧の攻撃が激しさを増し、ついにベールが粉々に砕け散りました。その勢いのまま黒い鎧の振るう凶刃がわたくしに迫ります。
「消え去れ」
凶刃が駆け抜けました。
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