第144話 あなたは誰ですの?

 ダンジョン攻略は恙なく終わりました。66層まで攻略が進んだわたくしたちは自宅に帰り、いつものように休暇となります。わたくしは違和感の正体を確かめるべく行動することにしました。まずは真実の欠片を集めです。家の人達から話を聞いて違和感を覚えた言葉や状況を集めました。数日間かけて欠片を集めた後、リラックスできる休日用の衣装に着替えてベッドに座りながら整理することにしました。




「違和感の正体は人間。わたくしが“あなた”と言う人。でも記憶にないわ」




 そこは真実でしょう。わたくしが違和感を感じる時には必ず脳裏に人影がちらつくからです。性別も年齢もわかりませんが、実の親すら信頼していないわたくしが覚えていないはずの人間の幻影を見るのですから、相当信頼していたに違いありません。




「う……、また……」




 頭痛がします。いつもならここで考えるのを止めていました。しかし、今日は違います。わたくしは“あなた”の正体を見極めたいのです。だから、頭痛に負けるわけにはいきません。違和感を覚えたものに対し、過去の自分と照らし合わせます。




「会話は常に違和感があったわ。物足りなさを感じたのは何故? 昔のわたくしはもっと話していた……。それをずっと聞いてもらっていて……」




 そうでしたわ。わたくしが一日の感想をずっと話していたのよ。そして、わたくしの話を嫌な顔一つせず、ずっと聞いてくれていた人がいたの。




「村正さんや早乙女さんに感じた違和感は? わたくしの衣装は誰に作ってもらったの?」




 わたくしの装備は全て一級品でありオーダーメイドですわ。わたくし自身がデザインを考えたのを覚えていますもの。でも、誰に作ってもらったのかわかりません。陸の孤島で作ってもらったのですから、この街の人でもありません。




「衣装をもらった時、わたくしはとても嬉しかった。それは自分の考えたデザイン通りだからではなく、一生懸命わたくしのことを考えて作ってくれたから」




 何故、嬉しいという感情だけは覚えているの? こんなに寂しさを感じているのに嬉しいの? 方向性の違う感情で引き裂かれそうだわ。とても苦しいの。


 頭痛がじわりと強くなりました。まるで、わたくしが思い出すことを拒否するように。しかし、わたくしは止まるつもりはありません。




「ダンジョン攻略でわたくしの隣にいたのは? 食事でも、休日でも隣にいたのは?」




 三島さんが合流前にいたのは誰? あの時は何故、わたくしはとても心躍るような感情を抱いていたのですか? そして、ちょっと不満を持っていたのは何故なのですか? あるいは九城さんたちが合流する前は? わたくし一人で攻略していたはずがありません。とても嬉しくて、楽しくて、苦々しいのは何故でしょう? とても大事なものがすっぽり抜けている気がします。




「……っ……。もっと前。わたくしは……」




 摺木たちから逃げ、そして大和さんが無事戻ってきて安堵しました。それはわたくしもです。ですが、何故あれほど安堵したのでしょう? それまで何故あれほど不安だったのでしょう? お帰りと誰に伝えたのでしょう?




「あの時、守ってくれたのは?」




 そうでした。最初は九城さんたちと上手くいっていなかったのでした。周りが敵意ばかりだった時にわたくしの前に出て庇ってくれた人がいたはずです。わたくしは震える手で服を掴んでいたのでした。わたくしの言い訳を聞いても変わらず傍にいてくれた。


 脳みそが焼けるのではないかと思うくらい頭痛がひどくなってきました。ですが、あと少しで思い出せそうなのです。ここで引いたら全てが台無しです。




「もう少し……、もう少しで……」




 わたくしは必至になって思い出そうと試みます。頭痛が思考の邪魔をしますが、それを押しのけてさらに深く考えようとしたその時、ほんの一瞬浮遊感を覚えたような気がして目を開きました。




「……え?」




 わたくしは思わずそう零しました。何故なら視界に映る全てが黒いの世界だったからです。見回しても何もありません。


 わたくしは自室のベッドにいたはずです。白昼夢にしては意識がはっきりとしていると思います。これは一体どういうことなのでしょうか?




「貴様が知る意味はない」


「誰ですか!?」




 低く恐ろしい声が聞こえました。振り返るとそこには背景よりも漆黒な鎧を身に纏った人が立っていました。しかし、それは明らかに人とは違う雰囲気を醸し出しています。




「大人しくその器を差し出せ。さすれば苦もなく殺してやろう」


「意味がわかりませんわね」




 器とは何でしょう? わたくしは記憶を思い出すことで忙しいのです。今も頭痛がわたくしを襲っているのに、このような人に構っている暇はありません。




「愚かな」


「会話をしてくださいませ」


「下等な存在が生意気な口を利く。後悔するといい」




 そう言った黒い鎧はわたくしの身長以上の剣を何もない空間からか取り出して襲ってきたのです。

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