第143話 刻一刻と大きくなる違和感

 あれからわたくしの日常に違和感が混じるようになりました。他愛無い会話でも何処か物足りなさを感じ、しかしながら、それは誰と話しても拭いきれませんでした。一人でいると特に違和感が大きくなります。昔のわたくしは一人でいる時間をどう過ごしていたのでしょう。




「……っ……」




 またですわ。この違和感の正体を考えようとすると必ず頭痛が思考を妨げます。まるで、わたくしを拒むように。わたくしも頭痛がするとわかっていながら、違和感を探ろうとするのは何故でしょう? 頭痛の中にほんの少しだけ懐かしさを感じるのは何故でしょう? わからないことが多すぎますわ。


 そんな日々を過ごしていると、九城さんから呼び出しをされました。どうやらダンジョン攻略を再開するようです。




「そろそろダンジョン攻略に戻りたいと思います」


「それは構わんが、攻略中心に進むのか? それとも金策でゴーレムでも狩るのか?」


「幸い、戦闘職のパーティは大半が41層に到達しています。彼らに金策は任せて、私たちは攻略を進めたいと考えています」




 その方針に反対する人はおらず、ダンジョン攻略の手筈を整えて出発です。61層から攻略をスタートしました。




「立派な氷山ですね」


「南極みたい」


「情報を集めておいて正解だったな。初見でこれだったら即日撤退だ」




 見渡す限り一面銀世界でした。いえ、氷山があるから一面ではありませんね。郡山かもしれません。……待ってください。何故、わたくしはこのような冗談を考えたのでしょう? とても面白いですが、自分から言うようなことなどなかったはずです。




「この階層は大丈夫ですが、63層あたりからクレバスが発生するらしいので注意してください」


「クレバス対策は俺が説明しよう」




 斎藤さんがクレバス対策を、実演を交えて説明してくださいました。新たにピッケルを装備して攻略開始です。雪で足元が滑り、厚手の手袋と防寒着で動きが制限されて魔物と戦うのが大変でした。魔物も背景と同化するように白く、気配探知を鍛えていなければ不意打ちは免れないことでしょう。




「絶景だな」


「そうだろ? これが見たくて登山がやめられないのさ」


「何となくその気持ちがわかりますわ」




 練習がてら登った丘の上から見る景色は見惚れるものでした。是非、あの人と一緒に見たかったですわ。……またですわ。またわたくしは身に覚えのない誰かのことを考えてしまいました。頭痛もセットで襲ってきます。この程度の頭痛ならば戦闘に支障は出ませんが、慢心してはなりません。ダンジョン内ではこの違和感について考えないように気を付けましょう。




「これが続くんですか……」


「慣れないと大変ですね。少し練習を長めに取りましょうか」




 数日の間は斎藤さんの指導の下、様々な傾斜の昇降練習や雪上での戦闘練習を徹底しました。最初はぎこちない動きでしたがそれもほんの少しだけ。ステータスの恩恵もあって身体を支えることにほとんど支障がないので簡単に習得できました。




「これなら問題なさそうですね。攻略を進めましょうか」




 そうしてわたくしたちはダンジョンを進みました。そして、日が経つにつれ、わたくしの中に寂寥感がこみ上げて来るのでした。わたくしは野営中に考え込みます。


 おかしいですわね。寂しいと感じる理由がわかりませんわ。あの違和感が攻略中は薄れたというのに、これでは嫌でも考えてしまうではありませんか。




「大丈夫か、嬢ちゃん」


「問題ありませんわ」


「嘘をつけ。そんな険しい顔をしておいて問題ないはないだろう」




 そんなにわたくしはひどい顔をしていたのですか。ならば隠す意味はありませんわね。わたくしに気を取られて何かあっては大変です。こういう時は素直に大人を頼りましょう。




「実は学術都市からずっと違和感があるのです」




 わたくしはパーティの皆に違和感があることを伝えました。何か物足りない気がすること、違和感の正体を探ろうとすると片頭痛に襲われること、無意識に“あなた”という言葉が出てくること。言葉に出してみると、明らかにおかしいですわね。




「それは……」


「きっと疲れているのでしょう」


「九城さん……」


「天導さんはまだ幼い。この世界に来てから目まぐるしく日常が変化してきました。その情報の整理がまだついていないのですよ。大人と違って日常も発見が多く慣れていない。つまりは情報過多といった具合でしょうか」




 なるほど。大人になるにつれ時間の経過が早く感じるというジャネーの法則ですか。確かに常識からひっくり返されたのです。大人ですら戸惑う情報量をわたくしが処理しきれないのかもしれません。……と言って納得すると思っているのでしょうか?




「それでわたくしを誤魔化せるとでも?」


「それは……」


「嬢ちゃん。大人にはどうしても嘘をつかにゃならん時があるんだ」


「やはり、何かあるのね? そして、わたくしに関することで、この違和感の正体であると」


「その推察力には感服だ」




 これだけ状況証拠が揃っていればそう考えるのは普通ですわ。皆が知っている事実をわたくしに教えるつもりがないことも伝わりました。そして、それがわたくしの為だということも。




「これ以上は聞かないわ」


「助かる」




 違和感の正体はわからず仕舞いでしたが、何かあることがわかっただけでも上出来でしょう。後は真実の欠片を集めて組み立てるだけです。

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