第142話 何か忘れている気がします
「……っ……」
あら? わたくしはいつの間に眠っていたのでしょうか? そして、ここはどこでしょうか? 見覚えのないお部屋ですわ。
わたくしは固いベッドから降りて部屋を出ました。寝室と思われる部屋から出るとリビングのような部屋に繋がっていて、備え付けられたテーブルに皆さんが揃って座っていました。
「おはようございます」
皆さんからご挨拶を頂きましたが、どこか不自然さを感じました。少し他人行儀というか、戸惑いを感じますわ。何故でしょう?
「ところで聞きたいのですけど、ここはどこなのでしょう?」
「学術都市の宿屋ですよ」
「学術都市……?」
わたくしたちはダンジョン攻略のため迷宮都市にいたはずですが、何故学術都市へ来たのでしょう? 理由が思い出せませんわ。若年性認知症でしょうか? いえ、昨日も一昨日も三食何を食べたのか思い出せます。
「わたくしたちは何故学術都市にいるのですか?」
「そ、それは……」
「お、俺がレベル上限の上げ方を知りたいって我儘言ったからですよ!」
「確かにそうだったな」
「アイナちゃんも物忘れ? 斎藤さんじゃん」
「おい!」
レベル上限? あぁ、そうでしたわ。レベル上限で苦しんでいたのでした。だから、わざわざここまで足を運んだのでした。
その時、わたくしは微かに痛みを感じました。どこが痛いのかはわかりませんが、確かに痛みを感じました。
「……?」
「どうした?」
「おじさんと同類扱いされてショック受けちゃった? ごめん」
「三島、そろそろ怒るぞ」
「いえ、気のせいでした」
一体何だったのでしょう。こんなことは初めてです。得も言われぬ感覚ですが、すぐに忘れるでしょう。変な時間に寝てしまったからこんなことになっているのです、きっと。
「それで、レベル上限について何かわかったのかしら?」
「はい。ですけどレベル上限を上げるのは一筋縄ではいかないようです。後は迷宮都市に帰って検討したと思います」
「そうだったの。わたくしにできることなら手伝うわ」
「頼りにしてます」
学術都市は翌日に出発しました。やはり、変な時間に睡眠をとったので夜寝るのが大変でした。誰かさんの言っていた通りですわ。……? 誰かって誰でしょう? 記憶にないのですから噂話を聞いただけでしょうね。
帰りの道中に依頼を受けて魔物を倒したり、街ごとの名物を食べたりして、とても面白かったです。ですが、何故心から満足できないのでしょう? やはり自宅で榊原さんの作った美味しい食事が一番だからでしょうか。そうでしょうね。屋台で食べた串焼きが少し血生臭かったですもの。血抜きは大切ですから。
そうして見慣れた自宅に帰ってきました。帰ってきたことを皆に伝えるために大和さんが走って行きましたが、いつもダンジョンから帰ってきてもしないので不思議に思いました。
「ありがとう。腕が鳴るよ」
榊原さんにはスパイスやこちらでは見ない食材を渡しました。これで美味しく食べられるでしょう。楽しみです。そう思うでしょう? ……わたくしは誰に問いかけたのでしょう? わたくししかいないのに。
「帰ってきたんだね」
「ただいまですわ、村正さん」
あら? 村正さんの声に元気がありませんわ。きっと徹夜で装備を作っていたのでしょう。まったく、またわたくしが叱らなければなりませんわね。……待ってください。わたくしは村正さんを叱ったことなどありません。そもそも、村正さんは必ず夜は睡眠をとるはずです。お肌に良くないと熱弁していましたから。そもそも、わたくしが誰かを叱るという事態が理解できません。そこまで親しい人はいないはずです。
何か違和感を覚えました。口に出して表現することは難しいですが、忘れたことを忘れた、という感覚に近いでしょうか。長旅の影響で疲れが溜まっていると思います。自室で休みましょう。
「ふぅ、自室も久しぶりに感じますわね」
ダンジョン攻略ばかりしているので野営のテントの方が見慣れているのは仕方のないことでしょう。だから、この部屋にもまだ慣れていないようです。どうにも落ち着きません。
「暇ね……」
無意識にポツリとそう呟きました。いつも暇になったらどうしていたのでしょうか? その問いの答えは少しも思い出せませんでした。このまま自室に一人でいても気が滅入りそうなのでお話をしに行くことにしましょう。
「あなた、暇よ」
そう言ったわたくし自身が一番驚きました。わたくしがその言葉を言い放ったのは、わたくしの自室の隣にある空き部屋です。何故、わたくしはここに足を運んだのでしょう? それに、わたくしは今、確かに“あなた”と言ったように聞こえました。あなたとは誰なのですか?
「うっ……」
わたくしがその疑問を抱いた次の瞬間、予期せぬ頭痛が走りました。前兆のない不意打ちに、わたくしは頭に手を当ててその場に蹲ります。幸い、頭痛はすぐに引きました。
「一体、何が……」
しかし、わたくしの不思議体験は始まったばかりだったのです。
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