第139話 本格的に人間を辞めたと知る

 俺は今街の外にいる。既に持ち場について開戦の合図を待つばかりだ。空が段々と白み始めた時、防壁の上にチョビ髭を生やした立派な鎧で身を固めた人間が立った。この街の貴族だ。そして、俺の配置された方面の指揮官様である。




「最終確認だ! 兵士たちは隊列を組み正面を固めよ! 魔物共の勢いを削ぐのだ!」


「応!」


「冒険者たちは両側面から魔物共を叩け! 殲滅せよ! 多少なら後方に逃しても構わん! 後方部隊が確実に仕留める! 数を減らすことに重点を置いて戦え!」


「応!」


「負傷したものは直ちに後退せよ! 其方が抜けた穴はすぐに埋める! よいか! 仲間の死は恐怖を呼び起こし、思考を縛り、間違った判断を誘う! この街を守りたくば、先ず己の身を守れ!」




 この人いいこと言うじゃん。てっきり貴族なんて保身が全ての腐った存在かと思ったけど、どうやら真っ当な人もいるようだ。おかげで士気も相当高いな。暑苦しい。


 俺がそんな感想を抱いていると、太陽を背にして黒い波が押し寄せてきた。どうやら魔物がおいでなすったようだ。




「弓兵、構えろ! 下がることを忘れるな! 盾兵、合図とともに前進。弓兵と入れ替わり防衛戦を築くのだ! 冒険者たちよ! この戦いの明暗は其方らの殲滅力にかかっている! 早く殲滅すれば死傷者がす少なくなる! 存分に暴れよ!」




 チョビ髭の声はよく聞こえた。冒険者は軍隊のような一塊の動きには向いていない。そして、教養のあるものも多くない。だからこそ、できる限り単純な行動しかさせないような作戦だ、と聞いた。




「撃てーッ!」




 矢の雨が魔物の群れに降り注いだ。先頭を走っていた足の速い魔物はもんどり打って倒れこむ。そして、後続が次々と巻き込まれて将棋倒しのような有様になった。完全に初期の勢いは失われたが、それでも魔物たちは街に向かって来る。




「第2射、撃てーッ!」




 再び矢の雨が魔物の群れを襲う。今度はまとまっていた分、より多くの魔物に当たった。




「弓兵、下がれ! 盾兵、前に出よ! 魔物の進行を止めるのだ!」




 おぉ、綺麗に隊列を組んで前後が入れ替わっていく。アレだな。某理事とかがヤベー大学の集団行動を見ているみたいだ。生徒の頑張りを大人が潰していくスタイルって最低だよね? 少なくともチョビ髭は悪い人ではなさそうなので、ここの兵士は幸せなのかもしれない。


 盾兵と魔物の群れがぶつかった。怒号や咆哮がここまで聞こえてくる。




「魔物の足は止まった! 冒険者たちよ! 魔物を叩き潰せ!」




 さて、おれたちの番か。ちょっくら暴れるとしようか。何せ強くなりすぎて戦闘と呼べるものに久しく出会っていない。このステータスでどこまでできるか知りたいのだ。




『ギャハハハ! オメーなら楽勝よ』


『今の俺が苦戦する相手がいるならこの街の防衛なんて不可能だろ』




 気配探知にも強敵はいない。それは、俺の持ち場だけでなく、このスタンピード全体でだ。だが、俺以外が苦戦しそうなのは確かにいた。そいつがこのスタンピードを引き起こした犯人だろう。持ち場は違うが増援した方がいいかもしれない。




「この程度なら相手にもならんな」




 俺は剣状の刃を形成した武器で魔物を切り裂いていく。俺が強くなりすぎて魔力の調整をミスると武器が壊れるので要注意だ。魔道具とかを作る前に装備の更新をしておくべきだったかもしれない。


 装備も新調しないとな。名前も付けるか。さすがに棒では味気がなさすぎる。俺のネーミングセンスを披露する時がやって来たぜ。




「前に出過ぎたか? ま、いいか。殲滅しよう」




 武器の名前を考えていたら孤立してしまったようだ。全方位から魔物が向かって来る。しかし、強くなった俺に問題はない。過去の俺でも対処可能な状態だからだ。俺は装備に仕込んである魔法陣を起動し周囲の魔物を殲滅する。気が付けば、俺の周囲に魔物は残っていなかった。




「あんた強いんだな。しかも、あんなに魔法が使えるとかスゲーよ」


「この程度は楽勝ですよ」


「楽勝か。一度はそんな言葉を言ってみてぇぜ」


「そこの強い冒険者! 向こうの残っている魔物も倒してくれ」


「だってよ。頑張んな!」




 おめぇらも手伝えよ。同じ冒険者だろ? 俺だけ働くなんて嫌だぞ。


 俺の戦いぶりを見ていた冒険者たちから話しかけられたり、パーティに勧誘されたりしながら残りの魔物も殲滅した。恐らく俺だけで7、8割の魔物を倒していると思う。残った魔物を冒険者や兵士が倒しているのを眺めていると、俺のところに兵士がやって来た。




「失礼します。ヴァンドール様がお呼びです」




 ヴァンドールって誰だよ。名前格好いいな。え? あのチョビ髭? 貴族と関わるのなんてクソ面倒だから嫌なんだけど。いいから来い? えぇ……。


 兵士に門の上まで連れていかれるとチョビ髭がいた。俺のことを探るように見てから口を開いた。




「其方の働きで大きな被害もなくここは魔物共を殲滅できた。礼を言う」


「お力になれたのならよかったです」


「うむ。その力を見込んで一つ仕事を頼みたい」




 用心棒とかにはならないからね? 絶対に面倒だから。指南役とかも無理。他人に教えるほど強くないから。俺はレベルを上げて物理で殴りましょうとしか話せない。




「私にできる範囲ならば受けましょう」


「助かる。このスタンピードの元凶らしき魔物を発見した。だが、魔物の数が多く近づくことすらままならない。其方にはここの増援を頼みたい」


「それならば問題ありません」


「すぐに出られるか?」


「はい」


「よし。このものを案内せよ」




 俺の戦いはまだ続くようだ。

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