第132話 感情の整理ができないという体験
わたくしが神崎の失踪を知ったのはダンジョン攻略から戻ってすぐのことでした。いつも通りお屋敷に戻り帰宅の報告を神崎にしようと神崎の部屋に入ったのですが、部屋の中は机が一つだけポツンとあるのみでした。
部屋を間違えたのかしら? ……いえ、隣はわたくしの部屋で間違いありません。ではなぜ、神崎の部屋はこのようなことになっているのでしょうか。どうにも胸騒ぎがします。
「嬢ちゃん。ここにいたか。神崎について話がある」
「すぐに向かいます」
斎藤さんの跡に続いて会議室に入りました。そこには九城さんたちと七瀬さんがいらっしゃいました。全員の顔は硬く、嫌でも楽しい話ではないことが伝わってきます。わたくしの到着を確認した九城さんが代表して口を開きました。
「前置きはなしで話しましょう。神崎さんが失踪しました」
最初、その言葉を理解できませんでした。いいえ、理解はできていたのでしょう。神崎の部屋ががらんどうになっていたのを確認してその予測は立っていたので。わたくしは事実を認めたくなかっただけでした。
「失踪とは少し違いますね。家出とでも言うべきしょう」
「……どういうことかしら?」
「書置きがあったのです。『旅に出ます、探さないでください』だそうです」
なぜ、どうして。答えのない疑問がわたくしの頭の中でグルグルと渦を巻きます。その間も話は続いていました。
「いつ出て行ったのですか?」
「わかりません。ですが、九城さんたちがダンジョン攻略に向かってすぐだと思われます。2日ほど姿が見えなかったので、心配になって部屋を訪ねたらもぬけの殻でした。その後、各方面に確認したところ、同日に南門から出て行く姿が目撃されています」
「家具まで持ち出したところを見ると、計画的なものでしょうね」
計画的……? 一体いつから? わたくしは神崎の様子を思い浮かべました。いつも不機嫌そうな無表情をしている神崎ですが、わたくしたちがダンジョン攻略に向かう直前は不自然に優しかったですわ。その時には出て行くことを既に決めていて、悟られないようにしていたのでしょう。となると、神崎が出ていくことを決めたのは、やはりパーティ脱退がきっかけでしょうか。
「どこに向かったかわかりますか?」
「頻繁に冒険者組合を訪ねていたのは調査済みです。それ以上は何とも」
「わかりました。冒険者組合に行ってみます」
「わたくしも行くわ」
わたくしは居ても立っても居られませんでした。少しでも神崎の動向を知りたくて冒険者組合に向かおうとしたわたくしたちを止めたのは大和さんでした。
「待て。まさかとは思うが、神崎を連れ戻そうと思ってないか?」
「そうですが……」
「ならやめておけ。放っておくべきだ」
「……なぜかしら?」
わたくしから自分のものとは思えないほど冷たい声が出ました。理由は自分自身でもわかりませんが、それ程わたくしは大和さんの言葉に感情を逆撫でられたのです。そんなわたくしに対し、大和さんは声を荒げることなく窘めるように理由を話してくださいました。
「神崎は大人だ。そして、自分の意思で出て行った。他人の意思を己の我儘で曲げさせるものではない」
わたくしはそれだけで何も言い返せなくなりました。わたくし自身の我儘で神崎に大きな迷惑をかけたのですから。神崎の意思を尊重するならば、わたくしは我儘を我慢すべきなのでしょう。
「大和の言う通りだな。それに、神崎は元々俺たちのグループ所属ではないのだろう? 色々あって有耶無耶になっていたが、本来は神崎がどうするかなんて自由だ。俺たちがどうこうできる話じゃない」
「それは……そうですが……」
「神崎は嬢ちゃんがここに馴染むまで待っていたんじゃないか? 実際、嬢ちゃんが神崎なしでもダンジョン攻略に参加できるようになったのを確認してから出て行っている」
初めて知りました。神崎はそんなこと一言も言っていませんでしたから。ですが、最初とは比較にならないくらい馴染めているのは事実です。神崎がいなくても何とかなるのも事実です。ですが、とても、とても、心が痛いのです。なぜ痛いのかはわかりませんが、とても痛いのです。だからでしょうか? わたくしは声が出せません。
静寂に包まれていた会議室内の中で声を上げたのはわたくしではありませんでした。九城さんでも、七瀬さんでも、三島さんでもありませんでした。それまでずっと黙って話を聞いていた後藤さんでした。
「俺は……神崎さんに直接話を聞きたいです」
「お前……」
「俺、神崎さんにお世話になりっぱなしなんですよ。戦えるようになったのも、生き残るための戦い方を訓練したのもそうです。レベル上限だって神崎さんの方が悩んでいるとか知りませんでした。それなのに俺、自分の悩みを解決してくれて……。何も返せてないんです」
わたくしも同じですわ。右も左もわからない中、神崎が丁寧に対応してくれましたし、どんな状況になってもわたくしを守ろうとしてくださいました。わたくしの我儘もできる限り聞いてくれて、間違いは訂正してくれる。装備だって貰いっぱなしです。
「探しましょう」
「はぁ……。結局こうなるのか……」
大和さんと斎藤さんは呆れ気味でしたが、それでも神崎の捜索に加わってくださるそうです。こうして神崎の捜索が始まりました。
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