第133話 平行線は交わりません
わたくしたちは冒険者組合に向かいました。神崎が頻繁に通っていたのですからヒントがあるはずです。神崎は興味のない場所などには自分から訪れるような人ではありませんから。
「神崎さん……? あの目つきの悪い人ですか? それならボブさんが知っていると思いますよ。ここに来たときは必ず話していましたから。それよりも九城さん。直近でお暇な時間は……」
「すいません。少し急いでいるので」
九城さんが受付嬢の問いかけをやんわりと断り、ボブと呼ばれた男性に話を伺いました。
「あん? 神崎が何処にいるか? お前らあいつとどんな関係だ?」
「彼にはお世話になっていたのですが、突然いなくなってしまって……」
「あー、神崎のいたパーティか。今更知ったところでどうするつもりだ?」
そういうボブさんに事情を搔い摘んで説明すると、ボブさんは仕方なさそうに神崎のことを話してくださいました。わたくしたちはその情報から神崎の行方を推測します。
「学術都市ラフマ、目的地はそこでしょうか?」
「しかし、今ある以上の情報がある可能性は低いと話していましたが……。天導さん、どう思われますか?」
「そうね……」
神崎も他の手掛かりをもっていないでしょう。勘違いされやすくて情報収集に難のある神崎が短期間で集められる情報では、ボブさんが長い時間をかけて集めた情報を越える可能性は限りなくゼロに近いです。そして、希望に縋る者は例外なく視野狭窄になりがちになります。溺れる者は藁をもつかむのです。
「神崎が学術都市に向かったのは確実でしょう。少しでも可能性を上げるために大きな都市でレベル上限の手掛かりを探したとしても、最終目的地は変えないと思います」
「嬢ちゃんが言うなら間違いないだろう」
「ならすぐにでも……」
「焦り過ぎだ、後藤。俺たちはダンジョンから戻ったばかり。疲れは確実に溜まっている。装備の整備もしなきゃならん。最低でも一日は休日を挟むべきだ」
斎藤さんがそう諭しました。わたくしもその言葉を聞いて、無意識に焦っていた気持ちを自覚しました。焦りは正常な判断の天敵です。常に冷静にいなければ上手くいくものもいきません。そうして一日休日を挟んでからの出発となりました。
「既に神崎さんは3週間以上先行しています。そのため学術都市に直行します。強行軍になると思いますが、覚悟しておいてください」
九城さんの言葉通り、わたくしたちの進行は強行軍でした。幸いなことに道中はかなりハイペースで進んだので野営は最小限で済みました。2週間ほどで学術都市に到着したわたくしたちは冒険者組合で神崎らしき人物が依頼を受けていたと聞いて、急いでそこに向かいました。そして、そこでようやく再会することができました。
「あなた!」
「神崎……さん?」
「ええ、皆さん久しぶりですね」
神崎はまるでわたくしたちが来ることを予期していたように悠然と立っていました。少し見た目が変わったようですが、そんな些細なことはどうでもいいのです。わたくしは嬉しくて近づこうとすると、大和さんがそれを制止しました。
「よかった……!」
「待て、嬢ちゃん」
「なんでよ!」
「神崎の様子がおかしいことに気が付いているだろ?」
神崎の様子がおかしい? 髪色が少し変わったくらいしか変わっていないじゃない。何故みんなそんなに警戒しているのかしら?
「神崎さん。その髪は?」
「ちょっといろいろありましてね。変色してしまっただけです。魔法でも落ちません」
「そうですか……」
「神崎、何があった?」
「何、とは?」
「お前さんの強さが異常だ。気配も変わっている」
え? そうかしら? ……本当だわ。嬉しさに舞い上がっていましたが、神崎の気配を探ってみるとあまりにも強くなっています。強くなりすぎています。今のわたくしよりも遥かに。
「あぁ、それですか。わけあってレベル上限を上げることに成功しました。この髪色はその副作用みたいなものですね」
そうなのね! それなら強くなっていて納得よ! これだけ強いのならまた一緒にダンジョン攻略もできるわ!
「それならまた一緒に冒険できるわね!」
「そうですよ。これだけ強いいのなら心強いです!」
「天導さん。後藤さん。……申し訳ないですが、私は戻るつもりはありません」
「え……? 何故かしら?」
「戻りたくないからです」
戻りたくない……? あぁ、そうでした。神崎は集団行動が苦手でしたわ。でも、わたくしは神崎と一緒にいたいのです。我儘と言われようといたいのです。
「ならわたくしも……」
「それはダメですよ。天導さん」
全てを言い切る前に否定されました。神崎から紡がれる言葉はわたくしを思ってのことだとわかります。神崎の声音が本気の時のそれでした。それは九城さんたちにも伝わったのでしょう。何も言い返せませんでした。
「テメーらのやることは無駄だぜ?」
沈鬱な雰囲気とは明らかに場違いな声が聞こえました。聞き覚えのない声の主を探してわたくしたちは周囲を見回します。そして、気配すら感じることができなかったソレは神崎の背後に突然現れました。異形の怪物が神崎の隣に佇みます。現れた瞬間からその存在感と強さは強烈なものがありました。
「コイツはオレサマに操られてんだ。テメーらの声なんざ聞こえてねーよ」
「なん……だと……?」
「心配か? 心配だよなー? わざわざ追っかけて来るくらいだから」
「お前は何者だ! 神崎に何をした! 神崎を放せ!」
大和さんが刀に手をかけて警戒しながら叫びます。他の皆さんも臨戦態勢になりました。その様子を見ながら異形の怪物は愉快そうに笑いました。
「いいぜ? コイツに勝ったらな!」
それだけ言い残すと、異形の怪物はスッと神崎の背後に消えていきました。どうやらわたくしたちは神崎と戦わざるを得ないらしいです。九城さんたちは武器を構えて神崎と対峙しました。
それにしても違和感がありますわ。どうして神崎はいつも通りなのでしょう?
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