第131話 休日に前職の上司と出会う感じ
「止め!」
俺は目の前の巨大なカメの首を切り落とした。長かった戦いにようやく終止符を打つに至ったのだ。
「そんなに長く戦ってねーよ」
「空気読めよ」
まったく。折角俺が大層なナレーションを入れて場を盛り上げようってしてるのにコイツはわかってねぇな。もうちょっと情緒ってのを理解した方がいいと思うぞ。
「聞こえてるからな?」
「口には出してないが?」
「口にはな!」
勝手に人の考えを読み取る方が悪い。俺は相手の陰口とか言わないように心掛けてんだ。でもやっぱり人間だから悪感情は持ってしまう。それを盗み見て傷付いたは道理がないぜ。
「この話はやめだやめ。口でオメーに勝てる気がしねー。で、この魔物はどうなんだ?」
「これでもちょっと足りないな。もっと強い魔物の素材がいる」
これでもかなり強いはずなんだけどなぁ。人里近くに出没する魔物の限界はこのレベルなのかもしれない。……え? 何の話かって? 俺を強化するための素材を集めてんだよ。でもダンジョンで集めた素材が優秀過ぎてそれ以上の素材が中々集まらなくてな。今は冒険者組合の依頼をこなしつつ素材集めをしてるんだ。
「今回もハズレかー。やっぱダンジョンに行くべきだと思うぜ?」
「ダンジョンか……」
「オメーが気にかけてる小娘がいるんだってな? 強くなったオメーを見せてやればいいじゃねーか?」
アイナに今の俺を、か……。今の俺ならアイナに後れを取るどころか守ることすら余裕だろう。だが、あんな別れ方をしておいて意気揚々と戻るのはちょっとな。もっと言うならいろいろ自暴自棄になって人間やめた俺がアイナの傍にいていいのかわからないし。それに……。
「グダグダ言ってるが、要するに会いたくねーんだな?」
「……そうだ」
一言で言うなら“気まずい”に尽きる。勝手に立ち去って、また勝手に一緒にいたいとかあまりに自分勝手な男じゃん。嫌だよ。
「そういうわけだから違う街に行くか」
「どういう思考回路かはわかんねーが賛成だ」
俺が目を覚ましてから大体1週間学術都市に留まっていたが、そろそろ移動すべきかもしれない。何処に行ったかわからないように適当な森を突っ切って遠い町にでも行くか。
そう考えていた矢先、気配探知に懐かしい気配が現れた。その気配たちは真っ直ぐ俺の方に来ている。
「なんでだよ……」
「ギャハハハ! タイミングわりーな、オメー」
今から逃走することも可能だが……ここは面と向かって別れを告げるべきか。でないとアイナたちはずっと俺を探して無駄な旅をすることになる。俺もずっと逃げ回ることになるので互いに時間の無駄だ。
「予定変更だ。話し合おう」
「りょーかいだ。オレサマは隠れといてやるよ」
「ありがとよ」
こういう気遣いできるのはさすがだ。賑やかで寝ないから夜番を任せられるヤツだが、なんせ見た目が見た目なので勘違いされるに決まっている。それをアイツも理解しているので人前に姿を見せないのだ。
「あなた!」
「神崎……さん?」
「ええ、皆さん久しぶりですね」
わざわざ6人全員でお出迎えか。俺の知らねぇ顔の女が三島さんか? 全員生きてて何よりだ。
「よかった……!」
「待て、嬢ちゃん」
「なんでよ!」
「神崎の様子がおかしいことに気が付いているだろ?」
へっ? 俺って雰囲気変わった? そりゃあ前髪が返り血みたいな色に染まっちゃったけど内面はおっさんのままだぞ。
「神崎さん。その髪は?」
「ちょっといろいろありましてね。変色してしまっただけです。魔法でも落ちません」
「そうですか……」
何で考え始めるんだい、爽やか君? 俺は事実を伝えただけだぞ。で、次はイケおじか。一体なんだよ。
「神崎、何があった?」
「何、とは?」
「お前さんの強さが異常だ。気配も変わっている」
え? そうなの? 自分の気配が変わっているのは盲点だった。それは警戒するわ。俺だってそうするもの。
「あぁ、それですか。わけあってレベル上限を上げることに成功しました。この髪色はその副作用みたいなものですね」
そりゃあ驚くよね。俺の跡を追って来たのなら、レベル上限を上げることの難しさも知ってるはずだ。それを成功させたのだからどよめきも理解できる。
「それならまた一緒に冒険できるわね!」
「そうですよ。これだけ強いいのなら心強いです!」
「天導さん。後藤さん。……申し訳ないですが、私は戻るつもりはありません」
「え……? 何故かしら?」
「戻りたくないからです」
正直、今会話しているだけでも自責の念に押しつぶされそうだし。これをずっと続けるなんて無理。俺の心がへし折れる。
「ならわたくしも……」
「それはダメですよ。天導さん」
今の俺と一緒にいてもアイナのためにはならない。もっといろんな人と仲良くなって味方を増やすことと、その人たちから学ぶことが大切なんだ。それは俺と一緒にいても達成できない。そして、俺も一緒にいて辛いだけだ。
俺とアイナたちの間に重苦しい間が開く。それは俺とアイナたちとの心の距離なのかもしれない。そんな中、俺に語り掛けてくる悪魔がいた。
『まどろっこしい。オレサマが何とかしてやろうか?』
『何とかできるのか?』
『できるさ。だが文句は言うなよ?』
そう言ったレヴィアタンは俺の了承を待たず姿を現した。そして、アイナたちの視線がレヴィアタンに集中するのだった。
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