第130話 これが力か……
「なー、そろそろこの薄汚い洞窟から出ようぜ?」
「それもそうだな。ちょっと片付けるから待ってな」
俺は作業台から降りて自分の身体を確かめる。違和感は特になく、体が羽のように軽く感じる。作業台の上にあった素材はものの見事になくなり、カートリッジは9割が空になっていた。それらをマジックバックにしまい、入り口を塞いでいる岩の方に向かう。
「オーケー、じゃ、外に出ますかね」
「おう、久々のシャバだぜ」
コイツはしゃいでんなぁ。めちゃめちゃウキウキしてんじゃん。遠足前の小学生かよ。あ、そういえば名前聞いてないな。
「オレサマの名前? ねーけど」
「ずっとお前呼びもどうかと思ってな」
「ギャハハハ、オレサマはこうして現実に姿があってもスキルだぜ? 名前なんてあるわけねーし、付けるような人間はいねーよ。そもそも要らねーし」
人間を支配してしまえば会話など成り立たないし、かと言って普通は精神世界でフラフラしているので目撃されることはほとんどない。同個体もいないのでわざわざ識別のために名前を付ける必要がないのだ。
「じゃあ、レヴィアタンで」
「要らねーっていっただろーが」
「俺が呼びにくい」
嫉妬の魔王と言ったらこれしかないでしょ。寧ろ、これ以外の名前を付けるヤツは信用できないね。傲慢だったらルシファーと同じくらい世界の真理だよ。
「仕方ねーな。今からオレサマはレヴィアタンだ」
「決まりだな。じゃ、行くか」
俺は敢えて岩をマジックバックにしまわずに手で押してみる。すると、これまでだったら動かないはずの大きさの岩がいとも簡単に動いたのだ。そのまま前に押し出すと、岩はズシンと音を立てて倒れて日の光が差し込む。
「眩しいな……」
照明があったとはいえ暗かったもんな。時間的には朝か。……朝? 待ってくれ。俺が実験を開始した時間よりも早いぞ? どうなってんだ。
「オメーは3日ぶっ倒れてたぞ」
「3日!?」
よく三日三晩とかいう表現があるけど、それを実行しちゃったか。漫画の世界に足を踏み入れちまったみてぇだ。あ、ここファンタジー世界だったわ。
「狂わないで見る景色ってのも中々乙なもんだぜ」
「いつもはどう見えていたんだよ」
「あー? 全てが色褪せた上で視界に映るものすべてが癪に障る世界だ」
「何それ。最悪じゃん」
「だから今が楽しーんだよ。ギャハハハ」
何故爆笑するのか。あ、いや、俺もいろいろ吹っ切れた時には楽しいのかもしれない。いいなぁ、俺もいつか馬鹿笑いしたいものだ。そしてレヴィアタンは羽生えてるんだな。ボロボロだけど。
「人を支配しなけりゃ何時でも見られるだろ」
「人に憑りつかねーと精神世界から出てこれねーんだよ」
「不便なヤツだな」
「オレサマはあくまでスキルだぜ? 実体なんざ現実世界にねーっての」
ちなみに、今見えているコイツの身体は自在に姿を消したりできるらしい。姿を消したままでも会話は可能で、いつでも現れることができるそうだ。
うん。あれだな。サーヴァントみたいな感じか。コイツの見た目だとアサシンかな? それともキャスター? どちらにしろ聖〇戦争で勝ち抜くのは無理そうだ。
「それなら好きに見たらいいさ」
「そうさせてもらうぜ」
「そうしろそうしろ。っと魔物がいるな。遠いけど」
ここで変質したスキルと己の強さを俺は知った。気配探知の距離はこれまでの3倍は把握できるようになっていた上、今までなら強いと感じていた気配もひ弱に感じてしまったのだ。
「とりま行ってみるかね」
「オレサマはオメーについていくだけさ」
ということで早速レヴィアタン共々その魔物の気配に向かって移動する。その移動速度もこれまでとは比較にならないほど早く、そして、過ぎ去っていく景色がゆっくりはっきり捉えることができた。
「クマぁ」
「アサルトベアーだ」
超巨大な体躯に顔には傷があり、いかにも強者の雰囲気を醸し出している。かつての俺なら死闘を覚悟するレベルだが、今の俺には子犬程度も脅威を感じなかった。
このクマ可愛くねぇなぁ。どうせならクマの着ぐるみを着た美少女だったらよかったんだけどなぁ。ま、いいか。何の手加減もなく相手できるし。
「ふーむ、ステータスとは偉大だねぇ」
俺は振り下ろされた鉤爪を正面から受け止めた。クマの体重を支えているのに重いとは感じないし、鉤爪は俺の素肌に傷を付けることすら叶わない。素のステータスだけでこれだけのことができるのに、まだ身体強化まで残しているのだから相手からしたらたまったものではないだろう。
「この体格差で投げ飛ばすのも容易とは……。物理学が草の陰で泣いているに違いない」
3メートル越えの巨大なクマがプロ野球の投球並の速さでぶっ飛んでいった。いや、速度測ったのって声が聞こえてきたけど、あくまで比喩表現だからね? ファンタジーと物理学って相性最悪だから深く考えちゃいけないんだ。
「ステータスは理解できたか。じゃさっさと介錯してやりますかね」
何本も木々をなぎ倒して停止したクマは半死の状態だった。俺はすぐに首を落として止めを刺す。簡単に解体をしてから全身を綺麗にしたところ、視界に入った前髪に変化があった。
「あれ? 血が落ちてない?」
もう一度綺麗にする魔法を使ったが相変わらず前髪の赤い血は落ちない。どういうことかと思ったらレヴィアタンが答えを寄越した。丁寧に魔法で鏡を作り出して。
「おれはオメーの地毛の色だ」
「え!? 何これ!?」
髪の一部が変色してるぅ!? 返り血みたいじゃんか!
俺の髪の一部は赤黒く変色していた。しかも、前髪の一部分だけ。くすんだ灰色の中に歪な形の赤黒い返り血があるみたいでどうにも印象が良くない。変化するならせめて一房にしてほしい。これは格好良くない。
「ギャハハハ!」
「笑いごとじゃねぇよ……」
「諦めろ。ギャハハハ!」
俺は空中を転げまわるレヴィアタンに塩を撒いた。
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