第122話 おっさん一人旅
あれから数日間、俺は旅に出る準備をしていた。アイナどころか爽やか君たちにバレたら呼び止められそうなので誰にも伝えていない。こう見えて典型的な流されやすい日本人な俺は同調圧力に弱い。そこにアイナからお願いをされたら一撃K.O確実。黙って去るのがベストアンサーである。
「つってもほとんど準備することないな」
大体のものはマジックバックに突っ込んであるし、この部屋の家具もマジックバックに入れるだけ。金もあるし地図もある。野営も慣れた。完璧だ。
ん? 爽やか君たちがこのダンジョンで覚醒の宝玉を発見するのを待たないのか、だって? それを発見して俺に使う? まず門番君に使うだろ。もしくは売るかだ。それに、俺はここにいるのが辛い。会社でみんな仕事してるのに、一人だけ何もしないで精神的にかなりきついのと同じ感じ。
「ただいま、あなた」
「おかえり、アイナ」
昼も遅くなったくらいでアイナが帰ってきた。そこまで疲れている様子はない。様子見で戦った程度で、しかもこの短期間の攻略ではそこまで疲れなくなってきたようだ。成長著しい。
「どうだった?」
「うーん、特に問題なかったわ。アイアンゴーレムにも一人で勝てていたもの」
うん? あー、三島さんの話か。俺はアイナの話が聞きたかったんだけどなぁ。でも問題なさそうか。この顔は面白いことがなかった時の顔だし。爽やか君たちと諍いがなかったのなら俺がいなくても何とかなるだろ。
俺はアイナに気取られないように努めて普段通りに接する。アイナの話では何日か休んだ後、本格的に攻略を進めるようだ。俺はそれを聞きながら旅立つ予定を詰めていく。
「どうしたの?」
「ん? アイナが馴染めているようでよかったと思ってな」
「あなたに迷惑ばかりかけられないもの。あなたがいなくても何とかなったわ」
俺がいなくても何とかなったのか。そうか。そうか……。なら、もう問題なんてないか。
それからアイナと最後の休日を過ごした。楽しかったような、悲しかったような不思議な気分だった。
「それじゃあ行って来るわね」
「ええ、いってらっしゃい。九城さん、天導さんをよろしくお願いします」
「もちろんです」
アイナたちの背中を見送り、俺は自室に戻った。自室のあらゆるものをマジックバックに放り込み、部屋には机が一つだけにする。机の上には手短に書置きを残して完了だ。
「旅に出ます。探さないでください」
……うん。これ以上の言葉が出なかったんだ。長々と書くのは未練タラタラで格好悪いし、かと言って何も残さないものなんか違う。丸2日考えて高校生の家出みたいな言葉しか出てこなかった俺の語彙力が恨めしい。
アイナたちがダンジョンに向かって数時間後、俺は最後に改めて殺風景な部屋を見渡した。
「これで見納めか……。ハッ、今頃になってちょっとナイーブになってんじゃねぇよ、俺。……さて、行くか」
いつも通り手ぶらで外出し、そのまま南門から街を出た。目的地に行くには東に向かう必要があるのだが、南門から出た理由はない。
「いざ、学術都市へ!」
擬装用のバックパックを背負い俺は歩き出す。ラフマと呼ばれる学術都市なら何かヒントがあるかもしれない。受付のおっさん曰く、この大陸で一番大きな図書館があるそうなので実は少し楽しみである。
「あ、今の状況って巷で噂の追放系ってやつでは?」
追放する側がガチの有能で追放される側が無能だったり、互いの意見を尊重した結果であったり、正確にはちょっと違う気もするが、まぁ、いいっしょ。同じ同じ。
街道を少し進んでから東に続く街道に移って歩く。起きてから数時間経っているが、それでもまだ朝だ。街道にはそこそこに人が闊歩していた。大半は馬車に乗った行商人と冒険者ばかりである。俺は人の波にのまれながら進んだ。気が付けば昼飯も食べずに歩き続けて空が夕日に染まっていた。クライマーズハイならぬウォーキングハイとでも言うべき状態だったようだ。
「どっかに野営地は……あそこか」
丁度、進行方向直ぐに野営地らしき場所がある。既に何人も野営をしているので、あそこで一泊しようと思う。一人旅では同じような人と固まって野営をすると楽だとおっさんが言っていた。あのおっさん、いい人だったなぁ。というわけで、ヘイ、そこの君たち。俺も混ぜてよ。な、何で武器を構えるんだ?
「私は盗賊ではありませんよ?」
「盗賊はみんなそう言うんだ」
そらそうでしょうね! 自分から盗賊ですって名乗る馬鹿はいねぇよ。まぁまぁ、皆さん落ち着いて話し合いをしましょうよ。俺はただの一人旅のおっさんですから。
「お前みたいな目つきのヤツが普通にいてたまるか!?」
アァ? 何だとこの野郎。もういっぺん言ってみろ! その寂しい頭をツルツルにしてやろうかァ!?
こうして俺の一人旅初日は騒がしく過ぎていった。
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